[岩本恭生さん]後遺症と闘う妻と老母 介護

ものまねタレント岩本恭生さん(61)の妻・恵美さん(51)は、脳腫瘍の手術を受け、半身マヒの後遺症が残っています。今、札幌市内で、夫婦と中学生の長女、長男、母親の5人暮らし。岩本さんは「先のことは見えないけれど、一日一日を大切に過ごしていきたい」と話します。
妻が体の不調を訴え始めたのは、東京で暮らしていた2007年夏のことです。急に汗をかいたり、めまいに悩まされたり。医師の診断は更年期障害。ホルモン剤を飲みながら家事をこなし、2人の子が通う小学校の父母会役員を務めるなど、悪い体調を我慢しながら頑張っていました。
しかし、めまいが激しくなるにつれ、食べた物を吐いてしまうことも。「首を動かすだけでつらい」と言って、ソファに横になることが増えました。
8月のある日、妻の体が震えていることに驚き、懇意にしている医師に相談。「脱水症状かもしれない」と言われ、総合病院に入院しました。これが長い闘いの始まりになるとは思いもしませんでした。
原因分からず
入院先の病院で恵美さんは様々な検査を受けたが、原因はわからずじまい。様子を見ながらの入院は4週間に及んだ。
家事は私がするしかありません。コンビニのおにぎりでさえ、妻に包装のフィルムをむいてもらっていた甘えん坊の夫がです。
早朝に子どもたちの弁当を作り、仕事へ。急いで戻って夕食の準備。ミートソースのパスタや、ギョーザ、カレーなど、作れる料理には限りがあるので、子どもに相談して1週間のメニューを決めていました。地方へ行かねばならない時には、子どもたちを仲良しの家庭で預かってもらったこともあります。
家事の大変さを身をもって体験し、妻には改めて頭が下がる思いでした。ただ不思議なもので、家事を続けていると、いつも洗濯物をきちんと畳んで、台所もきれいに磨いておきたくなってくる。自分でも意外な発見でした。
妻の病状はよくならないまま自宅療養に切り替えました。子どもの運動会に行く、私のディナーショーに来てもらう――。小さな目標を立て、乗り越えていこうと考えましたが、うまくいきません。
脳腫瘍の手術
磁気共鳴画像装置(MRI)による検査を受けたところ、恵美さんは脳幹に腫瘍が見つかり、手術を受けることになった。不調を訴えてから1年後のことだった。
やっとわかった原因が脳腫瘍。仕事先から妻にかけた電話で病名を知った時は、どう言葉を発したらいいのかわかりませんでした。
半日に及んだ手術は成功しましたが、喜びもつかの間、左半身にマヒが残ってしまいました。
子どもたちの反応が心配で、見舞いに連れて行ったのは4か月後です。その後、リハビリ病院に転院。手術から1年後に退院しました。残念ながらマヒは回復せず、車いすの生活になりました。
父の他界
故郷札幌の父が昨年2月に他界。80代の母を東京に呼び寄せようとしたが、首を縦に振ってもらえなかった。
ならば、家族全員で札幌に戻ることにしました。妻も札幌の出身ですから。昨年6月のことです。段差のないバリアフリー仕様のマンションを探して入居。トイレや浴室などに手すりを追加しました。
妻はトイレはもちろん、入浴も一人で済ませます。着替えには時間がかかりますが、「リハビリにもなる」と言って根気よく取り組んでいます。
包丁を持って右手だけで料理もできます。見ていてハラハラしますが、心からすごいと思う。尊敬します。
毎週火曜日には私が車を運転して、まず要支援1の母をデイサービスに送り、その足で妻を買い物に連れて行きます。売り場で自分で洋服を選んだりする姿を見ていると、前向きな気持ちも出てきたなとうれしくなります。
私は相変わらず主夫と仕事のかけ持ち。正直なところ、イライラが募って怒ってしまうこともあります。原因はささいなこと。ちまたの夫婦ゲンカと同じで、後になって反省します。
この6年間の経験で知ったのは、トップスピードで頑張り続けていると心の余裕がなくなっていくということ。そんな時にはシフトダウンして心を落ち着けます。違った風景が見えてきます。
妻や母は介護の対象である以前に、大切な家族である。2人の子どもは、私にすごく気を使ってくれている。そんな素朴な事実に気がつくのです。困難があっても、家族であれば前に進んでいける。そう感じる瞬間です。(聞き手・赤池泰斗=写真も)
◇いわもと・きょうせい 1952年、札幌市生まれ。89年、テレビのものまね番組で優勝したのを機にプロデビュー。布施明、沢田研二、和田アキ子など、緻密な観察に基づいた多数のレパートリーがある。
◎取材を終えて 「主夫業」は意外と面白い。母を東京に呼び寄せられないなら自分たちが故郷に戻ればいい。岩本さんの行動には随所に発想の転換がある。「仕事で東京に行くと、マネジャーがいろいろと世話を焼いてくれる。実は仕事をしている時が僕の息抜きかもしれない」と話す。妻と母の介護、子育て――。大変な状況だからこそ、見方を変えてみる。介護の問題だけでなく、人生の様々な局面にも通じることに思えた。
*2013年10月20日


