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11/27 (木) 08:54更新

進行期肺がんと緩和ケア

Advanced Lung Cancer and Palliative Care
監修 理学療法士・呼吸療法認定士 大石 真理子
理学療法士と作業療法士のダブルライセンスを取得。急性期病院にて呼吸療法認定士としてICUから在宅までの呼吸器疾患の治療に携わる。「その人らしい生活」を支える医療を大切にしている。

肺がんが進行すると、根治(完全に治すこと)を目的とした治療が難しくなることがあります。この段階では「病気と闘う」ことだけでなく、「生活を支える」ことが大切な課題となります。

緩和ケアは、治療をやめることを意味するのではなく、病気と共に暮らしながら「痛みやつらさを減らし、生活の質(QOL)を守る医療」です。緩和ケアは「最後の医療」ではなく「生活を支える医療」です。
多くの方が「緩和ケア=終末期医療」と考えがちですが、実際には診断直後から医療保険適用にて利用が可能です。特に進行期では、治療と並行して緩和ケアを導入することで、体も心も支えられ、日常生活における安心感が高まり、生活の質をよりよく保つことに繋がります。

-もくじ-
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緩和ケアチームのサポート
進行期肺がんの緩和ケア
  - 骨転移による痛みの特徴
  -骨転移の痛みに対する医療的ケア
  - 腫瘍による呼吸困難の特徴
  - 腫瘍による呼吸困難に対する医療的ケア
進行期における生活の質(QOL)を守る工夫
  -食事
  -
睡眠
  -日常動作
④ まとめ
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‖ 緩和ケアチームのサポート

緩和ケアチームには、医師や看護師のほか、薬剤師、管理栄養士、リハビリスタッフ、臨床心理士、ソーシャルワーカーなど多くの専門職で編成されています。それぞれの分野のプロフェッショナルがチームとして協力することで、身体症状の緩和だけでなく、心理面・生活面・社会面まで幅広い支援を行います。
肺がん患者さんへの緩和ケアでは、主治医が病状の説明や治療の全体方針を担い、緩和ケアチームが痛みや呼吸困難などの症状緩和、食事・睡眠など生活の質を守るための支援を担当します。それぞれが役割を分担しながら連携することで、患者さんとご家族を総合的に支えていきます。

また、在宅療養を選んだ場合は、医師が定期的に訪問して診察し、必要に応じて
24時間対応できる体制を整えます。
訪問看護師は、点滴や薬の管理に加えて、患者さんやご家族の相談相手となり、安心して療養生活を送れるようサポートします。


‖ 
進行期肺がんの緩和ケア

進行期肺がんでは、骨転移による痛みや、腫瘍、胸水*1による呼吸困難がよくみられます。
●胸水(きょうすい)*1 :【壁側胸膜(へきそくきょうまく)と臓側胸膜(ぞうそくきょうまく)】の間に貯留*2した液体のこと。正常でも少量の胸水がありますが、異常に液体が増えると胸水と診断されます。

●貯留*2 :体の中に本来あるべきでない量の液体などがたまってしまう状態。

[大石先生のひとこと]
がん性胸水はがん細胞の増殖と共に増えていきます。肺をおおう胸膜には痛みを感じる神経もあり、大量の胸水に圧迫されると呼吸困難感だけでなく胸の痛みも感じられるようになります。そのような場合は、胸水を排出する「胸腔ドレナージ*3」を対症療法として選択することもあります。


【医療現場での経験談】
肺がん治療を続けていた60代の男性は、胸水の貯留によって強い息苦しさと胸の痛みを感じていました。胸水がたまることで肺が圧迫され、呼吸が浅くなり、家族との会話や食事の時間さえも苦しくて楽しめない状況でした。特につらかったのは夜間です。横になると胸水の影響で呼吸困難感が増し、しっかり横になって休むことができず、枕を高くして座ったままの姿勢で一晩を過ごすこともありました。

医師から胸腔ドレナージの説明を受け、胸水を抜いてもらった後は、胸の圧迫感がやわらぎ、久しぶりに深く息を吸うことができたといいます。「呼吸が少し楽になっただけで食事をしようと思えた」と話し、ご家族との会話にも笑顔が見られるようになりました。

再び胸水がたまるかもしれないという心配は残ってはいますが、胸腔ドレナージという選択肢があることを知り安心されたとのことです。苦しい呼吸が改善されることで生活の質が向上した例です。

胸腔ドレナージ*3 :胸腔(肺と胸壁の間の空間)に溜まった空気や液体を体外へ排出する医療処置。胸腔ドレナージはあくまで一時的な処置となります。がんがある限り胸水が貯留するリスクはありますが、一時的であっても呼吸困難感が改善されQOLが向上するため大切な処置のひとつです。


骨転移による痛みの特徴

痛みを感じる部位で比較的多い箇所は、背骨(脊椎)、肋骨、骨盤、太ももの骨です。

鈍く重い痛み
・動くと強まる痛み
・夜間に強くなる痛み
・神経を圧迫する場合は、しびれや鋭い神経痛のような痛みを伴うことがある


[大石先生のひとこと]
がんの痛みは激痛のようのようなものではなく、重く鈍い、倦怠感のような違和感を抱く痛みが継続することが多いようです。現在は、緩和ケアの研究が進み、我慢できないような激痛はほとんどなくなっています。

骨転移の痛みに対する医療的ケア

鎮痛薬の使用
モルヒネを中心とした薬物療法


放射線治療
局所的に照射し、数週間にわたり痛みを和らげる効果がある

骨を強化する薬の使用
骨折予防や痛み軽減を図る

・ペインクリニック(痛みを治療する専門のクリニック)専門の医師による神経ブロック処置*4

●神経ブロック処置*4 :痛みを和らげるために特定の神経等に薬を注射して、その神経の働きを一時的または長期的に遮断する医療処置

[大石先生のひとこと]
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代の女性の患者さんは、がんの骨転移による痛みがありました。痛みは複数のお薬でコントロールできていましたが、しびれやだるさは完全に取り除くことが難しい状況でした。そのため、日常生活では体の使い方を工夫して過ごされていました。たとえば、腰が痛むときは横向きになって膝の間に枕を挟む、骨盤が痛むときはクッションを使って座るといった方法です。また、急に体を動かすと痛みが強くなるため、電動ベッドや手すりを使って、体に負担をかけないよう注意していました。痛みはお薬である程度和らぎますが、不安や恐怖、焦りなどの気持ちによって強くなることもあります。そのようなときには、ご家族や医療スタッフが傾聴して痛みに寄り添ったり、好きな音楽を流したり、深呼吸をしてリラックスすることで、痛みが軽くなることがありました。骨転移の痛みは身体的なものだけでなく、患者さんの気持ちとも深く関わっています。お薬による治療とあわせて、こうした工夫や心のサポートも大切かと思います。

腫瘍による呼吸困難の特徴

息を吸っても十分に入らない感じ
胸が締めつけられるような苦しさ
横になると呼吸がしづらくなる


腫瘍による呼吸困難に対する医療的ケア


酸素投与で呼吸をサポート
呼吸を楽にする薬の使用
モルヒネを少量投与(痛み止めだけでなく呼吸困難の緩和にも有効)

このように緩和ケアでは医師・看護師が薬の調整や酸素療法を行い、日常動作を少しでも楽にできるよう工夫します。薬で息苦しさを緩和しながら、酸素投与で体内の酸素量を保つという組み合わせを多く用います。
また、病気の進行に伴い、「先の見えない不安」や「気持ちの落ち込み」から、不安・抑うつなどが強まります。緩和ケアチームには心理士やソーシャルワーカーが加わり、気持ちを整理したり、安心できる場を提供します。そしてご本人だけでなく、そのご家族へのサポートと意思決定の支援も行います。
「在宅療養と入院、どちらを選ぶか」「どの治療を続けるか」といった大切な決断に寄り添い、医療者と家族が共に考えるサポートを行います。

[大石先生のひとこと]
小細胞肺がん*5や扁平上皮がん(へんぺいじょうひがん)*6に多い気道支圧迫に対する呼吸困難には、気管支を広げる治療を医師と相談して検討することがあります。「気道ステント留置術(きどうすてんとりゅうちじゅつ)*7」です。気管支の狭窄(狭くなること)が進み、元の半分以下まで狭窄している場合に推奨されます。気管支鏡を用いて手術を行うため、開胸術と比較して体への負担が軽くなることが多いです。


●小細胞肺がん*5 :肺にできるがんの一種で、肺がん全体の約1015%を占めます。進行が非常に速く、早期に転移しやすいという性質があります。
●扁平上皮がん*6 :肺がんの一種で、肺の気管支の表面を覆う扁平上皮細胞から発生するがんです。肺がんの中では非小細胞肺がんに分類され、全体の約2030%を占めます。
●気道ステント留置術*7 :気管や気管支が狭窄して呼吸が困難になっている場合に
、その部分を広げ、呼吸を
確保するために行う医療処置


‖ 進行期における生活の質(QOL)を守る工夫

緩和ケアでは、食事や睡眠など生活の質(QOL)を守るサポートも行います。食欲不振がある場合は、管理栄養士による食事の工夫や日常生活では、リハビリスタッフが動作を安全に行えるようアドバイスしてくれます。
生活の質を守るためにおすすめの工夫をいくつかご紹介します。

食事


少量で高カロリーな食品の工夫
少しの量で栄養がとれるよう、プリンやヨーグルト、栄養補助食品を取り入れる。

【栄養補助食品・とろみ調整食品のご紹介】

1. エンジョイクリミール 125ml
小容量で高カロリー。食欲のないときにも手軽に飲むことができる栄養補助食品です。8種類の豊富なフレーバーで飽きずに続けることができます。URL: https://kenko.morinagamilk.co.jp/products/detail/2000


2. エンジョイ
MCTゼリー
200
10種類のフレーバー展開があり、飽きずに食べられること、タンパク質も豊富な栄養補助食品です。賞味期限も12カ月程度あるため体力が消耗し何度も買い物にいくことが難しい方には、多めに購入し保管しておくこともおすすめです。
URL: https://kenko.morinagamilk.co.jp/products/detail/2008

3. つるりんこ牛乳・流動食用
とろみがつきにくい牛乳や流動食に手軽にとろみをつけることができる、とろみ調整食品です。「飲み込みやすい」つるりとしたとろみに仕上がります。無味無臭ですので、牛乳や流動食の本来の味をそこないません。
URL: https://kenko.morinagamilk.co.jp/products/detail/2026


味覚の変化への対応
金属の味が気になる場合はプラスチック製スプーンを使う、味付けを酸味や香辛料で調整するなど。

調理の工夫
においに敏感な場合は冷たい料理や電子レンジで簡単に温められる料理にする。室温に戻してから摂取するなど。

管理栄養士に個別相談
好みや体調に合わせた献立を提案し、必要に応じて栄養補助飲料を勧めてくれる。

[大石先生のひとこと]
抹茶やコーヒーなど苦みがあるものは金属味が増強する傾向にあるようですので、味覚の変化が気になる方は、これらの飲食物を控えてみることをおすすめします。

睡眠


・生活リズムの調整
昼間はできる範囲で活動し、昼寝を短めにすることで夜眠りやすくなる。頭部分を少し起こしておくだけでも効果あり。

・寝室環境の工夫

部屋を暗く静かに保ち、加湿器や空気清浄機で快適な空気環境を整える。
枕やクッションで体を支え、腰や骨盤に負担をかけないようにする。

・薬の調整

不眠が続く場合、医師の判断で睡眠導入剤や不安を和らげる薬が処方されることもある。

・リラクゼーション

音楽やアロマ、呼吸法などを取り入れ、心身を落ち着ける工夫を行う。

[大石先生のひとこと]
痛みが強いと、「動くと痛みが増すかもしれない」と思い長時間同じ姿勢で過ごす患者さんがおられます。しかし、長時間同じ姿勢でいると、むくみが増えたり痛みがさらに強くなったりすることがあるため、2時間に1回を目安に体の姿勢を少しずつ変えることをおすすめしています。枕やクッションで体を支えながら圧迫される部分を変えることで、痛みやむくみの悪化を防ぐことができます。ポイントは、「動くと痛いから」と我慢しすぎず、少しずつ体位を変えることです。


日常動作


・リハビリスタッフからのアドバイス
動作の順序や体の使い方を工夫し、少ない力で安全に動ける方法を提案。

・補助具の活用

手すり、歩行器、スライディングシートなどを導入することで転倒を防ぎ、介助の負担も軽減。トイレに行くことが難しい場合はポータブルトイレの使用も検討。

・ベッドや椅子の高さ調整
ベッドの高さ調整や椅子からの立ち上がり動作を練習し、体力を温存しながら生活できるようにする。一般的なベッドの高さは40㎝程度ですが、立ち上がりしやすい座面は4550㎝。座面を補高するクッションを導入することもおすすめ。
 
患者さんが最も身体的な痛みを感じるときは起き上がり時です。可能であれば電動ベッドを導入し、頭を上げた姿勢からの起き上がりやL字手すりを用いた起き上がりで負担を軽減することがおすすめ。


・在宅での環境整備
段差をなくす、すべりにくいマットを敷く、夜間の間接照明など、転倒予防のための住環境調整を行う。

この他にも、体を支えるクッションやベッド、在宅酸素機器、入浴補助具などのグッズを使うことで、生活がずっと楽になることもあります。

[大石先生のひとこと]
がん患者さんの多くは、認知機能が保たれています。そのため、「最後まで自分でトイレに行きたい」と希望される方が多くいらっしゃいます。しかし、進行期になると体力的にトイレまで行くことが難しくなる場合があるため、ポータブルトイレの設置を早めに検討することが大切です。

また、骨転移をされている進行がんの患者さんは骨が脆弱化していることが多く、ベッド下に衝撃吸収マットを敷くこともおすすめです。衝撃吸収マットは
衝撃を吸収する床材のため、万が一転んでしまっても、けがや骨折の防止に役立ちます。


‖ まとめ

進行期の肺がんでは、痛みや呼吸困難といった身体的なつらさだけでなく、不安や気持ちの落ち込みなど精神的な苦痛も大きくなります。

【負担軽減につながった経験談】
70代の女性の患者さんは骨転移が進行しており、起き上がるときの痛みを強く訴えていました。そこで、医師と相談し、痛みをコントロールする内服薬を調整し、痛みが軽減する時間を見計らって起き上がり、少し運動をする生活を続けました。動作を始める際には痛みが出るため、電動ベッドや手すりを使用し、座面を高くして立ち上がるなど、生活の工夫も取り入れました。また、この方は草花が好きだったため、在宅では縁側に出て草花を眺める穏やかな時間を過ごすことができました。

痛みには身体的な側面だけでなく、精神的な側面もあります。夜になると不安から痛みが強くなることがありましたので、完全に暗くせず間接照明を使用したり、医療スタッフや介護者に不安を話して共有することで、精神的な痛みを軽減していました。

進行期で痛みがあっても
工夫次第でその人らしい生活を送ることができた例です。

緩和ケアは、こうした苦痛をやわらげ、生活の質(QOL)をできるだけ守りながら過ごしていくための医療です。緩和ケアチームには、多職種の専門家が加わり、体の症状の緩和から日常動作の工夫、さらには心の支えやご家族へのサポートまで、幅広く支援してくれます。在宅でも入院でも、患者さんとご家族が「自分らしく安心して暮らすこと」を目標に、寄り添いながらサポートが行われます。本記事が、「治療をやめる」ための医療ではなく、「生活を支える」ための医療としての緩和ケアを早い段階から取り入れる一助となりましたら幸いです。

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【参考文献】
・日本肺癌学会
https://www.haigan.gr.jp/
・大阪国際がんセンター
https://oici.jp/hospital/patient/kanwacare/
・がん情報サービス
https://ganjoho.jp/public/index.html
・日本医師会
https://www.med.or.jp/people/cancer/000005.html
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監修 理学療法士・呼吸療法認定士 大石 真理子 = 文