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08/05 (月) 10:45更新

家族にかかってくる負担とそれぞれの対処法

The burden placed on the family and how to deal with each.
矢野 仁
医学博士、看護師、保健師、公認心理師、精神保健福祉士/大学病院勤務を経て訪問看護、産業保健師を経験の後、現大学教員。 大学にて教壇に立つ傍らヘルスケアプロダクト開発にも参画。

〜残された時間を、できるかぎり穏やかに、できるかぎり悔いのないように過ごすために 〜

この記事では、病気を抱えたご本人を支えるご家族の不安や負担、それらに対する具体的な対応方法のヒントについて書いています。

病気を抱えたご本人を支える上で、ご家族自身の生活やお身体が健やかであることは、とても大切なことです。

ご本人とご家族が、過度な不安や負担を感じることなく、地域社会の様々なサポートやケアを上手に活用し、できる限り心穏やかに生活できるような、心地よいペースで歩んで頂きたいなと思います。

ご家族が普段通りの姿で傍にいてくれることは、病気を抱えたご本人にとっても一番の安らぎとなります。

できるかぎり穏やかで、できるかぎり悔いのないように過ごすために、この記事を通して、想定される「負担」を知り、対処する方法を身に着けることで、ご本人とご家族にとって、かけがえのない大切な1日1日のお役に立つことができれば幸いです。

それでは、筆者の実体験やこれまで携わってきたご家族のケースを交えながら、“負担への対応方法”のヒントについてお伝えしていきます。

1. 経済的負担(治療費・生活費)
2. 精神的負担

1.経済的負担(治療費・生活費)
一般的に、がんなどの重篤な病気を患ったとき、真っ先にご家族が心配になることが「治るのだろうか」「生きられるのだろうか」といった生命に関する不安を、強く感じると言われています。

徐々に病気の状態や治療方針が分かるにつれ、現実的な問題に目が向いていきます。具体的には、生活のこと、特に「経済的な不安」を感じるご家族が多いと報告されています。

ご家族は、どのような経済的な不安や負担を感じるのでしょうか。

ここで、実際にあったケースを紹介していきます。

本人:夫50代 会社員 胃がん(ステージⅢ)
家族:妻Aさん(40代 フルタイム事務職)、長男(大学2年生)、長女(高校3年生)
経済状況:世帯年収900万円、郊外に一軒家(ローンあり)、貯金:300万円
保険加入状況:都道府県共済(掛け捨て)のみ

Aさんの夫は、久しぶりに受けた人間ドックがきっかけで、胃がん(ステージⅢ)が発覚し、がん治療を受けることとなりました。Aさんは気丈にも夫を支えていましたが、内心様々な不安を抱えながらも、誰にも相談できず一人で抱え込んでいる状況でした。

夫の外来受診に付き添った際、ふと看護師に、入院費用のことを質問しました。看護師から、「経済的な不安が少しでもありましたら、一度、院内にある、がん相談支援センターの医療相談員に相談してみませんか?」と提案を受けました、Aさんはせっかくならと思い、後日、ひとりで医療相談員との面談を受けました。

Aさんは面談に来る前は、不安な気持ちで一杯だったのですが、医療相談員の柔和な表情、穏やかな口調、そして「良く来てくれましたね。ひとりでいろいろご不安もあったと思います。ゆっくり一緒に考えていきましょう」という言葉を受け、リラックスし、温かい気持ちで面談を受けることができました。

「面談に行き、相談員さんに出会えて本当によかったと思っている」とAさんは後々振り返っていました。

医療相談員との話が進むにつれ、Aさんは以下の経済的負担を感じていることを、相談員と共有しました。

月々の治療費はどれくらいかかるのか、入院費用の目安は
医療費の減額制度などあるのか
夫は休職中でもお金は貰えるのか、いつまで貰えるのか
Aさんの給料(月手取り18万円)のみで生活が維持できるのか
福祉で何か使えるサービスはないのか
夫の民間保険は利用できるのか
家のローンは大丈夫なのだろうか
子供の教育費は大丈夫なのだろうか

個々の経済的な不安は大きいものの、どこから整理をすれば良いのか、どういう手続きをすれば良いのか、Aさんは困惑している状況でした。

医療相談員はこの状況において、まず2つのヒントをAさんに伝え、その場で一緒に取り組みました。

1つ目は、高額療養費制度の申請です。
2つ目は、問い合わせ先を把握することです。

-高額療養費制度-
高額療養費制度とは、医療機関や薬局の窓口で支払った額(※)が、ひと月(月の初めから終わりまで)で上限額を超えた場合に、その超えた金額を支給する制度です。
(※医療保険適用外の入院時の食費負担や差額ベッド代等は含みません。)

この制度を利用する場合は、ご本人が加入している公的医療保険に、高額療養費の支給申請書を提出または郵送することで支給を受けることができます。
(公的医療保険:健康保険組合・協会けんぽの都道府県支部・市町村国保・後期高齢者医療制度・共済組合など)

加入者の所得水準に応じて、毎月の上限額は決まっています。概ね以下の表が目安となります。

出典:厚生労働省保険局『高額療養費制度を利用される皆さまへ』より引用

Aさんの家族の場合、夫の年収は約600万円であり、区分ウに該当します。そのため、ひと月の医療機関で自己負担額の上限額は80,100円+(医療費-267,000)×1% 程度であることが把握できました。Aさんは少し、心が軽くなった気がしました。
高額療養費制度の詳細は、厚生労働省のホームページをご確認ください。 https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf

-問い合わせ先を把握する-
経済的な不安がある場合、問い合わせ先を把握することは、手続きを進めるファーストステップとして大切です。それと同時に、「いつでも相談できる」、「動き出せる」といった心の余裕に繋がります。 国立研究開発法人国立がん研究センターが公開している「利用できる制度と相談窓口」はとても分かりやすく、問い合わせ先がまとめられています。参考にしてみてください(下表)。

出典:国立研究開発法人国立がん研究センター,がん情報サービスより引用

2.精神的な負担
大切な人の病気が発覚したショック、今後の経過の見通しが立たない不安、長らく続く緊張感や漠然とした怖さなど、あなたが精神的な負担を感じ、押しつぶされそうになることもあると思います。その時に、精神的負担を和らげることができる、手軽なセルフケア(自分でできるケア)をご紹介します。

-セルフ・コンパッション-
一つ目はセルフ・コンパッションです。

日本語で表すと「自分への思いやり」と言われているケアになります。このケアを行うことで、自分を労わり、心の余裕を持てるようになる効果があるとされています。

いくつかセルフ・コンパッションの方法はあるのですが、その中でも、今回は特に取り組みやすい2つのエクササイズを紹介します。

-スーザンタッチ-

 スーザンタッチとは、目をつぶり、優しく、いたわるようにゆっくりと自分の身体に触ることによって、自分を安心させ落ち着かせることができるケアです。

愛おしい我が子を包むように、自分を優しく包んでください。

スーダンタッチのやり方の代表例を紹介します。

まず、リラックスできる場所で目を瞑り、ゆっくりと座りましょう。

出来るだけ、頭の中をクリアにし、からだの感覚に集中しましょう。

両手を目に当て、優しく包む
両手で顔を優しくさする
両手を胸に当て、優しく胸を撫でる
片方ずつ、優しく腕を撫でる
腕を交差させて自分をハグする
片方の手でもう片方の手を優しく包み込んでいく

一通り終わったら、余韻を感じながらゆっくりと目を開けてください。

スーザンタッチングに正解なタッチはなく、人それぞれが良いと感じる感覚を大切にしています。

自分にとって安らぎを感じたり、支えられているような感覚を感じられるようなタッチを自由に探検してみてください。

筆者は実父(がん闘病中)の受診の度に、このセルフ・コンパッションを実父と一緒に10分間取り組んでいます。お互いが優しく温かい気持ちになる、大切な時間となっています。

~ジャーナリング~
 ジャーナリングとは、書く瞑想とも言います。自分の頭の中に浮かんだ言葉をそのまま書き出して、自分の思いを認識する方法です。

必要なものは紙とペンです。

自分の頭の中にある思いや悩み、喜びなどを率直に紙に書いてみましょう。何を書けば良いかはじめのうちは書きづらいもしれません。

そのような時は、自分でサブテーマを設定して、そのテーマヘの思いを中心に書いても大丈夫です。
例)テーマ:自分への労い
精一杯家族のために頑張ってるよ。
自分は家族から愛されている。
きっとうまくいくよ。
たまには息抜きしてね。
思い詰めなくて大丈夫だよ。どうにかなるよ。今まで乗り越えてきたじゃん。前みたいに自分だったら乗り越えられるよ。

思いを書き出すことによって、気持ちの整理に役立つことができます。

筆者は、実父にがんが発覚してから治療をしている今でも、定期的にこのジャーナリングを行っています。頭の整理のつもりで書いていても、いつからか、自然に自分を励ますエールを書くことも増えてきました。

時折、ジャーナリングで書いたノートを見返すと、あの時に感じた不安や負担、気持ちの変化、自分へのエールに励まされ、心が温かくなる感覚を覚えます。

ジャーナリングは、うまく書こう、丸めて書こうと思わずに率直な思いを書き出すことが大切です。あなた自身への感謝、感じたこと、悩みなどをあなたの言葉で書き紡いでください。

セルフ・コンパッションとは、米国テキサス大学のクリスティン・ネフ准教授が編み出したセルフケアで、海外でもその有効性が多く検証されています。より詳細な方法を知りたい方はこちらの書籍がおすすめです。

ぜひお手にとってみてください。
■ティム・デズモンド(著) .(2018).セルフ・コンパッションのやさしい実践ワークブック.星和書店.

-今後生じるかもしれない、不安や負担への対応-
今後の生活において、新たな不安や負担を感じることもあると思います。その時にどう対応していくことが良いのか、ヒントをお伝えします。

ご家族が感じる負担を軽くするためには、3つのStepが大切だと言われています。

そのような時は、自分でサブテーマを設定して、そのテーマヘの思いを中心に書いても大丈夫です。
例)テーマ:自分への労い

Step1:負担の理由を知る
Step2:負担への対応方法を知る
Step3: 自分にあった対応方法を身に着ける

3つのStepを通して、「自分なら、自分で負担を和らげることができる」といった自信をもつことができ、前向き気持ちになる事ができると言われています。

Step1:負担の理由を知る
まずは、ご自身が負担に感じている理由を知ることが大切です。
自分の想いを知るために、紙に「自分が負担と感じている事」をおおまかに書いてみると良いです。気持ちの整理に役立ちます。ざーっと書いてみると、自分が感じている負担の理由をおおむね把握することができると思います。
Step2:負担への対応方法を知る

次は、負担への対応方法を知ることです。

書き出した負担に対して、何かうまく対応できる方法を思いつきますか?

なかなか多くをイメージすることは難しいと思います。そのような時、他者からのアドバイスや書籍、体験談などを通して、それぞれの負担への対応方法を知ってみましょう。

誰かが上手くいった対応、これまで自分で行ってきて上手くいった対応など、思いつくまま紙に書き出してみましょう。

自分がもし、友人からその負担の対応方法を相談されたら、なんてアドバイスをしますか?

友人に伝えるように自分へのアドバイスもぜひ書き出してください。

できそうな対応方法を紙に書き出すことで、「こんなにも対応方法があるんだ」「これならできそう」といった前向きな気持ちに繋がると思います。

Step3:自分にあった対応方法を身に着ける

最後は、自分にあった対応方法を身に着ける、です。

対応方法を知ることができたら、これならできそう、この対応方法は良さそうと思う方法に、〇をつけてみましょう。

〇は何個でも良いです。〇をつけた中で、一番取り組みやすそうな対応方法をまずは1つ実践してみましょう。

その1つができたら、次に取り組みやすそうな方法を実践してみましょう。これで2つ実践できましたね。これでばっちりです。

最初から、誰しもが負担にうまく対応することが出来るとは限りません。自分にあった対応方法が見つからない、心理的なハードルが高くて一歩を踏み出せないこともあると思います。

そういった時には、この3つのStepを思い出して、気負うことなくはじめの一歩を踏み出していってください。

最期に
病気を抱えたご本人を支えるご家族は、「第2の患者」と言われています。

大切な誰かが病気になると、大切な人を失うかもしれないという恐怖に加え、ご本人の辛そうな様子を目の当たりにして「私がもっと早く気づいていれば…」と自分を責めたり、「これからどうなってしまうのだろう......」といった漠然とした不安を強く感じたりします。

このようにご家族は病気になった本人と同等かそれ以上の感情を抱くため、「第2の患者」と称されることがあります。「一番辛いのは本人。それと比べたら自分なんて......」「負担と感じるなんて私は最低......」と無意識に自分の気持ちを無視してしまうことはありませんか? 

自分の気持ちを無視したり、思いを否定する必要はありません。支えていく側が辛さや負担を感じてしまうことは、ごく自然な感情で、何も悪いことではありません。

自分の心に耳を傾け、ご自身を優しく労わってください。

きっと、ご本人とご家族なら、今感じてる悩みや負担を和らげることができると思います。

今回ご紹介した対応方法が、少しでもご本人とご家族のお役に立てることを願っています。

矢野 仁 = 文