医師 R.Kondo (MD)
脳外科医。専門分野は脳神経外科。脳卒中や頭部外傷への対応経験が豊富で、疾病の特性上、突然訪れる終末期の最終局面には数え切れにほど立ち会ってきた - 男性
脳血管疾患
Cerebrovascular disease
もくじ一覧

病気が辿る経過 - 脳血管疾患

病気が辿る経過 - 脳血管疾患

脳の血管が障害されることを「脳血管障害」と呼び、これによって起こる色々な病気を、まとめて「脳卒中」と言います。これらは血管が詰まるタイプ(脳梗塞)と、血管が破れるタイプ(脳出血、くも膜下出血)とに大きく分けられます。どのタイプであるにしても、脳にダメージを与えるという点では共通しています。「脳卒中」とはとても広い病名で、ダメージを受けた脳の場所や範囲、程度によって、症状や経過にもピンからキリまでものすごく幅があり、即死から無症状まで様々です。

脳卒中の発症により命が危ない、というのは、生命維持ができないほどの大きなダメージを脳が負ってしまった、という状況です。そしてそれらは、発症直後から数日以内で急激に進むことが多く、「さっきまで何ともなかったのに、とつぜん命の危険を告げられた」という事態に陥ることとなります。

脳卒中に対する治療法は存在しますが、全ての方に治療が可能というわけではありません。治療ができない(=適応外)と判断された場合、急速に迫りくる生命の危機と、直ちに向き合わなければならなくなります。

終末期の特徴 - 脳血管疾患

終末期の特徴 - 脳血管疾患

重症の脳卒中を発症し、御自分で生命が維持できないほど、脳にダメージを負ってしまった場合、意識を保つこともできなくなります。症状の重症化とともに、意識障害がすすみ、最終的には昏睡状態に陥ります。なかには、発症直後から昏睡状態にまで、急激に進行する方もいます。そのまま更に急激に症状悪化がすすみ、呼吸が止まることで、心肺停止状態に陥るのが、重症脳卒中の一般的な経過です。

根本的な治療ができない(=適応外)と判断された場合、医学的にできることは、点滴で症状の進行をなるべくやわらげたり、感染症などを合併しないように全身管理を行うことしかありません。苦しそうな呼吸になった場合は気管挿管を、呼吸が止まってしまった場合は人工呼吸器を、心臓が止まってしまった場合は強心剤投与や心臓マッサージを行うなど、最終局面で行えることは、いわゆる蘇生延命行為に限定されます。しかし脳卒中の結果としてこのような状態に陥った場合、その後に状態が回復することは極めて困難であり、時間稼ぎという位置付けとなります。

諸症状 - 脳血管疾患

諸症状 - 脳血管疾患

上で述べたように、重症脳卒中の発症により生命危機に陥った場合、意識を保つことはできず、昏睡状態に陥ります。身体を動かしたり、痰を吸引する際の刺激で、反射としての身体の動きやぴくつきは見られることがありますが、御自分の意思で身体を動かすことはなく、手を握ったり、眼を開けたりといった指示に従うことはできません。うっすらと瞼が開いていたとしても、視線を合わせることはありません。出血型の脳卒中(脳出血、くも膜下出血)の場合は、嘔吐を繰り返すこともあります。また、痙攣発作を起こす場合もあります。

痛みや苦しさが出やすい所 - 脳血管疾患

痛みや苦しさが出やすい所 - 脳血管疾患

昏睡状態というのは、御自分の意識が、既に深いところへ落ちてしまっている状態のことを言います。この状態では、痛みや苦しさを、御自分の意識として自覚することはありません。諸症状の項で述べたように、痰の吸引刺激などで、身体がぴくついたり、眉間にしわが寄るなど、身体が反応することはあります。しかしそれらは、反射としての身体の反応であり、御本人が苦痛を意識して行う行動ではありません。

死期が近い兆候 - 脳血管疾患

死期が近い兆候 - 脳血管疾患

呼吸が乱れてきて、ときどき休止することがあるなど、不安定となってきた場合は、呼吸中枢の限界が近いことを示しています。瞳孔が開いてきたり、眼に光を当てても瞳孔が小さくならない場合は、生命維持の中枢である脳幹部に、大きなダメージが及んでいることを示しています。脳は無意識に全身の生命維持を司っているため、これらの影響を受けて、血圧や脈拍などにも乱れが生じはじめます。体位変換や喀痰吸引などの刺激でも、まったく反応が無くなった場合は、深昏睡と判断され、御自分の命の限界が近いことを示しています。

ケアのコツ(要所) - 脳血管疾患

ケアのコツ(要所) - 脳血管疾患

脳卒中の発症を予測することは、できません。重症の脳卒中を発症した場合、「突然訪れた終末期」と向き合うことになります。悪性腫瘍などのように、ある程度の日数が残っているということもなく、救急搬送から緊急入院となり、そのまま駆け抜ける経過を辿ってしまうことも、珍しくありません。在宅で顔を合わせながら、ゆるやかな最期を迎えることはできず、点滴や医療器具が装着されたまま、お別れとなってしまうケースが大半です。

根本的な治療が不可能と判断された重症脳卒中の場合、病院側から提示できる選択肢は、両極端の以下の2通りとなります。

「気管挿管や人工呼吸器の装着・心臓マッサージなどを行い、少しでも長くそこに居てほしいと望む」か。
「御本人が苦しいことは行わず、苦痛を伴う蘇生延命行為はせずに、緩和を最重視して、自然な経過での最期を迎える」か。

どちらかが正しく、どちらかが間違えているということはありません。個々人の死生観や背景、諸々の事情により、回答は異なります。①の場合、ある程度の時間稼ぎはできるかもしれませんが、終末像の項目で述べたように、結末を変えることは極めて困難です。蘇生延命行為は御本人にとっては苦痛を伴う処置であり、また医療により身体をむりやり維持しているという解釈になるため、身体の浮腫みや皮膚の荒れなど、見た目が徐々に痛々しくなっていくことは、避けられません。②の方針を選んだ場合、御本人の身体を痛めつける処置は行わないため、お姿の変化は大きくありませんが、残された時間は僅かとなります。

鎮痛, 鎮静 - 脳血管疾患

鎮痛, 鎮静 - 脳血管疾患

重症脳卒中の発症により命の危険がある場合、「4.痛みや苦しさが出やすい所」の項目で述べたように、御本人の意識は深いところに落ちており、痛みや苦しみを自覚することはありません。鎮痛薬や鎮静薬を投与することで、呼吸や心臓の働きをかえって抑え込んでしまい、より危険な状態に陥ることが懸念されるため、基本的に鎮痛や鎮静は行いません。

最後に - 脳血管疾患

最後に - 脳血管疾患

繰り返しになりますが、脳卒中を予測することは、できません。また、重症脳卒中を発症した場合、御本人の意思表示は不可能となります。ご家族がゆっくりと時間をかけて、「6.ケアのコツ」の項で述べた延命についての選択肢を選ぶという時間的猶予も、残されていないケースが多く存在します。

そのため重要なのは、普段の生活のなかで、御自身の意思や御家族の思いを、事前に共有されておくことです。御家族内で延命を行うかどうかについて意見が割れ、わだかまりを生じて家族内不和が残ってしまった、というケースも存在します。死についての話題は日常では避けられがちですが、昨今は「living will」という考え方が浸透してきました。御自身に万が一のことがあった場合、どのようにしてほしいかを、事前に意思表示して、御家族としっかり共有しておくことが大切です。

脳血管疾患
病気経過終末期 Disease course and terminal stage.