医師 I.KUNO (MD)
産婦人科医師。固形癌の診療経験が豊富で、がん薬物療法専門医でもある。 ホスピスで有名な病院勤務にて、数多くの癌患者さんの緩和ケアや看取りも担ってきた - 女性
乳がん
Breast cancer
もくじ一覧

病気が辿る経過 - 乳がん

病気が辿る経過 - 乳がん

乳がんは、患者さんの中に様々なタイプの方がおられるため、一括りにすることが難しい病気です。腫瘍の増殖するスピードが速いがん、遅いがんがありますので病気の進行するスピードは様々です。また転移しやすい臓器は多数あり、転移している臓器によって起こりうる症状が変わります。このため、患者さんそれぞれに起こりうる症状も異なります。

乳がんにはサブタイプがあります。ホルモン受容体陽性/陰性、HER2(ハーツー)陽性/陰性によって分類されます。ホルモン受容体陽性/HER2陰性であれば、病気がゆっくりと進行することが多いです。HER2陽性の場合には腫瘍の増殖速度は速いですが、HER2に特化した薬剤を用いることができるので治療効果を期待できます。

いずれも陰性のトリプルネガティブ乳がんの患者さんの中には、さまざまなタイプの方が含まれますが、一般的には薬剤への反応性が乏しく病気の進行が速いと言われています。ホルモン受容体、HER2以外にもご自身の腫瘍の性格を判断する材料はありますので、詳細については主治医に聞いてみましょう。

転移しやすい臓器は、骨・リンパ節・胸膜・胸壁・肺・肝臓・脳など全身にわたります。

転移がある場合でも、転移している臓器や腫瘍の大きさ、位置によって命に係わる状態であるかどうかが大きく異なります。ご自身の転移部位、サイズ、起こりうる症状については主治医に聞いておき知っておく必要があります。

乳がんは全身に転移がある場合、根治を見込むことは難しいです。ただ、ホルモン治療、抗がん剤治療、放射線治療などを行っていくことで病気や症状の進行を抑えて、長期間元気に過ごすことが可能な病気です。

ご自身の生活を営みながら治療と両立していくことが大切です。仕事や趣味、子育てなどご自身がやるべきこと、やりたいことを医療者と共有しながら治療を続けていきましょう。

終末期の特徴 - 乳がん

終末期の特徴 - 乳がん

残念ながら病気が進行してしまい、1日の半分以上をベッドで過ごすようになると、がんに対する治療の適応は下がってしまいます。

特に抗がん剤治療は毒性が強い治療であり、抗がん剤による副作用によってかえってご自身の命を短くしてしまう恐れがあるため、体力の低下が一定程度見受けられた場合には、抗がん剤治療は中止することになります。

ホルモン治療については、副作用は強くありませんが、得られる効果が乏しくなった場合には中止せざるを得ません。

このタイミングで治療がすべて終わってしまうと感じる方が多くいらっしゃいます。

しかし、抗がん剤治療・ホルモン治療の中止がすべての治療の終了というわけではありません。

今後は出現してくる諸症状の緩和に専念をするということですので、ぜひ希望を持って過ごしていきましょう。

諸症状 - 乳がん

諸症状 - 乳がん

乳がんが転移しやすい臓器は、骨・肺(胸膜・胸壁含む)・肝臓・脳です。

骨に転移がある場合、腫瘍が神経を圧迫し、四肢の麻痺や排尿・排便障害が出現する可能性があります。このような症状が出現する前に発見し、放射線治療や骨修飾薬での治療を行うことができるように医師は注意して診療しています。

ただ急速に骨転移が進行した場合には、急激に先述した症状が出現することがあります。このような症状がみられるときは緊急事態ですから、すぐに病院へ連絡し受診しましょう。

肺に転移がある場合には、咳や血痰がでることがあります。胸水が溜まり、量が多いときには息苦しく感じたり血中酸素濃度が低下したりします。症状が強い場合には胸水を抜きます。可能であれば胸膜癒着を行い胸水が溜まりにくいようにすることができます。

肝臓に転移がある場合には、腫瘍が大きくなると肝機能が悪化します。黄疸を引き起こし、体がだるくなることもあります。

脳に転移がある場合には、無症状であることが多いです。腫瘍の位置によっては四肢麻痺、呼吸筋麻痺、けいれん、意識障害を起こすことがあります。このような症状が出たときには緊急事態ですのですぐに病院を受診しましょう。

痛みや苦しさが出やすい所 - 乳がん

痛みや苦しさが出やすい所 - 乳がん

乳がんの患者さんでは、人それぞれ症状は異なります。痛みがある場合には鎮痛剤を使います。弱いお薬から開始して、痛みの程度に応じてお薬を変えていきます。痛みが強い方には医療用麻薬(オピオイド)を使います。

麻薬と聞くと、使用することに抵抗を持つ方がいますが、適切に使用すると痛みを和らげて副作用を少なくすることができますので、必要に応じて使いましょう。特に骨転移による痛みでは、骨修飾薬や放射線治療が有効です。

痛みの程度を医療者に伝えるにはスケールを用いると便利です。10が想像できる最大の痛み、0が痛みなしとして 0~10までの11段階に分けて、現在の痛みがどの程度かを数字で表して記録し、診察時に伝えましょう。

肺に病気があると息が苦しく感じたり、咳が出たりします。息苦しさや咳を和らげることができる医療用麻薬がありますので、遠慮せずに自分の症状を医療者に伝えましょう。

肝臓や腹膜に病気があるとお腹が張って苦しくなることがあります。便秘や下痢に関してはお薬で便通をコントロールできます。腹水が溜まっている場合には必要に応じて、お水を抜くことができます。

脳に病気があると、けいれんや麻痺を起こします。脳の浮腫を取ったり、けいれんを予防したりする薬剤があり、それらを用いて症状コントロールを行います。

死期が近い兆候 - 乳がん

死期が近い兆候 - 乳がん

亡くなる1週間前頃になると眠っている時間が長くなります。意識レベルが少しずつ低下していきます。肝臓に病気がある場合には肝不全に至ると昏睡状態になります。脳に腫瘍がある場合にも意識が低下していきます。

唾液をうまく呑み込めなくなり喉元でゴロゴロと音がすることもあります(嚥下が難しくなる)。呼吸のリズムが不規則になったり、肩や顎で呼吸をするようになったりします。血圧がだんだんと下がっていきます。手足の先が冷たくなったり、色が青くなったりします。循環不全となるため尿の量も減っていきます。

ケアのコツ(要所) - 乳がん

ケアのコツ(要所) - 乳がん

がんの患者さんの場合、元気にされていてもある日突然体調が悪くなる方が多くおられます。特に若年の場合には、日常生活動作(ADL)の低下が急激に起こることが多くみられます。また、どのような症状が出るのかは、転移している臓器によって異なります。どのような症状が起こりうるのかは、ある程度は予測できますので、あらかじめ医療者から聞いておきましょう。

家族の方は、ご本人の様子を観察し、簡単なメモでも構いませんので症状の変化を記録して医療者にお伝えください。

体の変化が急激に起こりますので、その事に心が追い付いていかないことがよくあります。不安や悲しみに対する特効薬はありませんが、ご自身やご家族の気持ちを言葉にして医療者と共有することで一歩ずつ前には進んでいけると思います。気兼ねなく思いを医療者に伝えてください。

緩和ケアに移行した後に、心臓や呼吸が止まった場合には、心臓マッサージや人工呼吸などの心肺蘇生を行っても回復される見込みは低いことがほとんどです。むしろこの心肺蘇生処置が、本人にとっては苦痛になることも多いためおすすめできません。心臓の停止や呼吸の停止が起きた時の対応については、前もって主治医と話し合って方針を決めておきましょう。

鎮痛, 鎮静 - 乳がん

鎮痛, 鎮静 - 乳がん

いろいろなお薬を使っても、ご本人の痛みやつらさが残ってしまうことがあります。このような場合には睡眠薬を使って眠ってもらい、苦しくない状況をつくることが必要となります。薬剤を用いて眠ってもらうことを「鎮静」といいます。最期のときが近付いていることを示していますが、鎮静をすることで命の時間が短くなるわけではありません。

眠っておられる表情をみて眉間にしわがよっていたり、身体を動かしたりされる場合にはまだしんどさが残っている可能性があります。このような場合には医療者に相談して鎮静のお薬を調整してもらうようにしましょう。

最後に - 乳がん

最後に - 乳がん

乳がんが進行していても、症状がコントロールできている場合にはご自分の好きなことができます。体力が残っているうちにご自身の大切な方に会ったり、思い出の場所へ旅行したり、やりたいことを十分にやって心残りがないような日々を過ごしましょう。

お仕事を続けたい場合には、仕事のやりかたを工夫すれば続けることができます。治療スケジュールについて主治医に相談したり、職場の方と相談したりしながらご自身の希望に一番近い方法を探しましょう。

乳がんの場合には様々な治療法があり、長期間に渡って治療を行う患者さんが多くいらっしゃいます。その中でも少しずつ治療選択肢は減っていきますので、ご自分に残されている治療法がどのようなものがあるのかを把握しておくといいでしょう。選択肢が限られてきた時や、ご病気の急激な進行がみられた時には、残りの時間が短いと判断することになります。

ご自身がどのように過ごし、どのような最期を迎えたいのかは、早い段階から少しずつ話し合っていきましょう。ご自身の考えを家族や医療者と共有することで残された時間が有意義なものになることと思います。

乳がん
病気経過終末期 Disease course and terminal stage.