死を受けいれるまでの心のプロセスと対処法
"Mental process and coping methods until accepting death"
矢野 仁
医学博士、看護師、保健師、公認心理師、精神保健福祉士/大学病院勤務を経て訪問看護、産業保健師を経験の後、現大学教員。
大学にて教壇に立つ傍らヘルスケアプロダクト開発にも参画。
~~ 心のうごきに上手に寄り添うためのいろは ~~
この記事では、最期を迎える大切な人が “死を受けいれるまでの心のプロセス”と“家族ができること” についてお伝えしていきます。
ここでご紹介するプロセスは、「死の受容のプロセス」として、世界中の医療者が学ぶ基礎理論であり、今もなお、多くの病院でのターミナルケアに活かされているものです。
また、家族ができる対処法」については、実際に筆者が医療現場で携わってきた経験をもとに、ご家族のケースを交えながら、家族ができることの“ヒント”についてお伝えできればと思います。
プロセスを知ることのメリット
大切な人の最期を考えなくてはいけないことは、傍で支えるご家族にとっても大変辛く、どう接したらいいのか、日々難しく感じられていると思います。
ご本人ができる限り穏やかな最期を迎えるために、「人が死を受けいれるまでの心のプロセス」について、ご家族が少しでも理解を深め、ご本人の心のうごきに寄り添うことで、お互いにとって、より安らかで、穏やかな時間を過ごしていただけるのではないかと思います。
死を受けいれるまでの心のプロセス
「死を受けいれるまでの心のプロセス」については、長年多くの方々が悩み、社会全体で望ましい方法が模索され、また研究されてきました。
さまざまな考え方がある中でも、世界的に最も多く用いられ、医療現場でも活かされている有名なものとして、スイス人の精神科医である、エリザベス・キューブラー・ロスが提唱した「死の受容のプロセス」があります。
この「死の受容のプロセス」とは、最期を迎えるにあたり、自分の死が近いことを受け入れるまでには、心の過程に、5つの段階があると考えたものです。
「死の受容のプロセス」
第1段階: 否認
第2段階: 怒り
第3段階: 取り引き
第4段階: 抑うつ
第5段階: 受容
それでは、5段階の詳しい解説と、ご家族にできる具体的な対処方法についてお伝えしていきます。
第1段階: 否認
死を受けいれる過程において、まず否認の段階があるとされています。
否認とは、自分の余命があと数か月であることなどを知り、それが事実であるとわかってはいるものの、あえて亡くなる運命の事実を拒否し否定する段階です。
「そんなはずはない」
「何かの間違いだろう」
というように事実を否定するとされています。
ご本人が否認の段階で悩まれている時、家族ができることとして、「環境を整える」ことが大切になります。
家族ができること
―環境を整える―
この時期はご本人が落ち着ける環境で過ごせるように調整することで、ご本人ができる限りゆっくりとした時間の中で、自分自身と向き合うことができます。
具体的には、以下の事を気にかけて実行するよう心がけると良いかと思います。
・落ち着けるように部屋を整える。
・室温調整、照明調整、換気を行う。
・本人自身の時間を作れるように配慮する。
・痛みや苦痛をコントロールする
大切な人がゆっくりと自分と向き合えるように時間と環境を整え、ご家族は温かくそばで見守ってください。それがきっとご本人の安心安楽につながります。
第2段階: 怒り
否認の次の段階では、怒りの段階に移行するとされています。
怒りの段階とは、拒否し否定しようとしても否定しきれない事実を宿命だと自覚した時、「なぜ私が亡くならなければならないのか」という「亡くなること」に対しての強い怒りの感情が現れるとされています。
この段階では、ご本人を支えるために、家族ができることとして、「共感する」ことが大切になります。
家族ができること
― 共感する ―(思いを受け止める)
死が近づいていることに対して、ご本人は混乱し、悩み、怒り、自暴自棄になってしまうこともあります。そのような時、ご本人が一人で悩むのではなく、ご家族が温かく耳を傾けて寄り添うことで、辛い感情を和らげることができます。
具体的な共感の方法としては、以下を意識してご本人と接していただければと思います。
・ご本人が語る言葉を否定することなく、最後まで受け止めましょう。
・柔和な表情でうなずき、返答をしましょう。
・「そのように思っているんだね」「辛かったんだね」と共感を言葉と態度で示しましょう。
それだけでもきっとご本人の気持ちは和らぎ、安心安楽につながります。
第3段階: 取り引き
怒りの段階を経ると、次は取り引きの段階に移行するとされています。
取り引きの段階とは、
「神様どうか助けてください」
「病気さえ治るなら何でもします」
など、何かと取引をするかのように、奇跡への願いの気持ちを表すとされています。
この段階では、ご本人を支えるために、家族ができることとして、「本人の願いを尊重する」ことが大切になります。
家族ができること
― 本人の願いを尊重する ―
ご本人が何かしたいと思う気持ち、願いを尊重し、手助けすることでご本人の気持ちは和らぎ、悔いなく残りの時間を過ごせることにもなります。
例えば、
・本人が望む他の治療法を一緒に模索する。
・健康に良い工夫を手助けする。
・行きたいところに一緒に行く。
・会いたい人に会う。
ご家族がご本人の価値感を尊重し、温かく寄り添うことで、ご本人の気持ちは和らぎ、安心安楽につながります。
第4段階: 抑うつ
取り引きの段階を経ると、次は抑うつの段階に移行するとされています。
抑うつの段階とは、神様との取引が難しいという現実を知り、気持ちがふさぎ込んでしまい、うつ状態に陥るとされています。
キューブラー・ロスは抑うつを2つに分けています。
1つ目は、すでに失われたものによる「反応抑うつ」
2つ目は、これから失われるものによる「準備抑うつ」
この段階に入ると、自分の人生を振り返り、一体どんな意味があったのだろうという生きる意味の探求を始めます。これは現在では、スピリチュアル・ペインと呼ばれる、生きる意味についての苦しみを指します。
この段階では、ご本人を支えるために、家族ができることとして、「安らげる工夫」をすることが大切になります。
家族ができること
― 安らげる工夫 ―
ご本人を無理に励まそうとはせず、そばに腰を下ろし、ご本人の辛さにご家族が寄り添うだけで十分です。言葉での寄り添いはもちろん、触れ合いを通して安心感を与えることも本人の安心安楽につながります。
触れるコミュニケーションとしては、不安や痛みを和らげる「タクティールケア」などがあります。また、ごく簡単なところではマッサージなどでも十分な安らぎを得られる効果があります。
第5段階: 受容
抑うつの段階を経ると、次は受容に移行するとされています。
受容とは、亡くなることを拒否し、恐怖し、回避しようと必死であった段階を経て、亡くなることは自然のことなのだという認識に達するとき、心穏やかになり「死を迎えることへの受容」につながるとされます。
この段階では、ご本人が望む「最期の準備」を、ご家族が一緒に行うことが大切になります。
家族ができること
― 最期の準備 ―
・どのような最期を迎えたいか一緒に考える。
・最期が近づいたときに医療はどうしたいか尊重する。
・死後で心配なことを受け止める。
・ご葬儀の希望などを聞く。
ご本人が望む最期を迎えられるよう、ご家族がご本人の願いにそった最期の準備を一緒に行うことは、孤独や恐怖をやわらげ、最期まで心の安心安楽につながります。
> ACP (人生会議)はこちら
プロセス全体を通してのご家族の心がまえ
「死を受けいれる心のプロセス」において、ご家族が心構えとしてぜひ持っておいて頂きたい、大切なポイントとなる2つの事についてお伝えします。
―― 孤独にさせない
ご本人が感じる「不安や恐怖を拭い去ることは完全には難しい」ということを理解して寄り添う必要があります。一人で死を迎える孤独を感じさせないことが大切です。いつでもそばにいる、想いを受け止めたいと思っていることを、ご本人に伝えましょう。
―― 気持ちが揺れることを理解する
ご本人の気持ちは、日によって変化することもあります。
人によっては、気持ちが安定している時もあれば、不安定な時もあります。
体調や環境の変化で、気持ちは簡単に変わります。
特に、ネガティブな感情を抱いていると、気持ちが不安定になりやすいと言われています。整理されていない様々な感情が、頭の中を駆け巡り、さまざまな気持ちが浮き上がってきます。
そのような時も変わらず、ご本人を温かく包み込むように受け止めてください。
最後に
ここまで、「死を受けいれるまでの心のプロセス」と「家族ができること」について、お伝えてきました。大切な人が、自分の最期が近いことを受けいれることは容易なことではありません。やり残したこと、今後の家族の心配、孤独感を感じることもあるかもしれません。
しかし、ご家族がどんな時も温かく、そばで寄り添ってくれる安心感があることで、最期まで安らかな気持ちで過ごすことができます。
死を受けいれる心のプロセスを理解することで、ご本人の心のうごきを穏やかな気持ちで理解することができ、ご本人に対する心地よい対応へとつなげることができます。
ご家族の優しい眼差しがきっと、大切な人を安らかな気持ちにさせるでしょう。
今回紹介した受容までのプロセスと対処方法が、少しでもご家族のお役に立ち、ひいてはご本人のより良い生につながることを願っています。
> エリザベス・キューブラー・ロス博士についてはこちら
エリザベス・キューブラー・ロス博士
この理論を考えた、エリザベス・キューブラー・ロス博士について少しお話しします。
エリザベス・キューブラー・ロス(Elisabeth Kübler-Ross;1926〜2004年)はスイス人の精神科医です。スイス最大の都市、チューリッヒで生まれました。家族から反対されましたが、医学の道を志し、31歳チューリッヒ大学医学部を卒業しています。その後アメリカ人と結婚し、アメリカに渡ります。
そこで見た終末期の死にゆく患者への対応にショックを受けます。そして、1965年から2年半にわたり、シカゴの病院で、200人以上の「死が近づいている」患者にインタビューを試みました。このインタビューを通じて、死を告知された人間がどのように自らと死について捉えているのかの理解が深まり、その心理過程をまとめ、1969年、43歳の時に『死ぬ瞬間』という本を書きます。その本の影響は全世界に波及し、「死」に関する科学的な認知を切り開いた精神科医(終末期研究の先駆者)として、人類史に名を残している人物です。
> タクティールケアはこちら
タクティールケア
タクティールケアとは、スウェーデン発祥のケアで、がんを患った方や認知症を抱えた方に用いられることが多いタッチング方法です。優しく肌を包み込むことで、幸せな気分になったり、痛みを和らげる効果があるとされます。
簡単にできるタクティールケアをひとつご紹介します。
1. はじめる前に部屋を暖かくし、ご本人に優しく微笑みかけましょう。
2. ご本人と向かい合って座り、普段呼んでいる呼び方でお名前を呼びましょう。
3. 目を合わせ、自分の手を手のひらを上にしてご本人に差し出します。
4. 自分の手の上にご本人の手を重ねます。その手の甲の上に、自分のもう一方の手を重ねてぴったりと包み、両手でご本人の手を包み込みます。
5. そのまま10秒ほど動かさずにじっと包み込みます。
6. 包んだ両手を、相手の指先の方へゆっくり滑らせ、指先まできたら片方ずつ元の位置に戻します。
7. 反対の手に対しても、同じようにケアを行います。
さらに、タクティールケアを詳しく知りたい方はこちらの書籍がおすすめです
ぜひお手にとってみてください。
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ACP (人生会議)
ご本人が望む最期を迎える準備として、ACP (人生会議)をご本人・ご家族・医療者などで共有することが良いと提唱されています。ACPとは「アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)」の略です。直訳すると「アドバンス=事前の」「ケア=介護、看護」「プランニング=計画」です。将来の変化に備え、その時の医療やケアについて、繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援するプロセスのことです。最期を迎えるにあたり、ご本人の望む最期の医療や考え方を共有することで、ご本人の想いを尊重した準備を進めることができます。
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死を受けいれるプロセスを家族で支えたケース
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美恵子さんご家族は、ご本人がなるべく自宅で穏やかに最期の時間を過ごせるようにしたいと考えていました。しかし、ご本人の悲しみや怒り、戸惑いにどのように関わっていけば良いのか、望ましい対応方法はあるのかと葛藤していました。
美恵子さんは訪問看護師にそのことを相談したところ、
訪問看護師から、ご本人が死を受け入れまでの心のプロセスとご家族ができることについてアドバイスを受けました。
• 死を受けいれるまでに5つの段階があること
• 5つの段階は、典型的には順序的に段階を経ていくが、時には同時に、時には逆戻りすることもあること
• 受容のプロセスを知ることで、ご家族の心の余裕にもつながること
• どんな時も温かい眼差しで受け止めることが、本人の心の安楽につながること
• ご家族が辛い時は、医療者にいつでも相談してほしいこと
美恵子さんとご家族は、死を受けいれるまでの5つの段階とその時々に家族ができることを意識し、ご本人に関わられました。
美恵子さんは、のちにこう振り返られています。
「時には戸惑い悩みはあったけれど、以前より、温かな気持ちでご本人に関わることができました。」
「気持ちに余裕を持って最期まで支えることができて、心残りない看取りを行うことができました。」
以上
2023年3月21日 1版