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11/17 (月) 10:14更新

急な体重減少は大腸がんのサイン? 知っておくべきこと

Is sudden weight loss a sign of colon cancer? What you should know What You Need to Know
医師 喜田凛
卒後20年目の医師、初期・後期臨床研修後、各地で研鑽を積んだ後、現在は某地方病院消化器内科部長を務めている。消化器疾患・消化管内視鏡分野の診断・治療を担当し、日々患者さんの病に一緒に立ち向かっています。

-「体重が減っていく」-大腸がんと診断され、あるいは余命宣告を受けた今、その変化や戸惑いや不安、そして「自分の体はどうなってしまうのか」「残された時間をどう過ごせばいいのか」といった深い悩みをかかえているのではないでしょうか?体重減少は、大腸がんに限らず多くのがん患者さんが経験する症状であり、その背景には食欲不振や消化吸収の障害、がん細胞が体内の栄養を奪う悪液質*1など、複雑な要因が絡み合っています。

この記事では、体重減少が起こる仕組みや、体への影響、体重減少に対する具体的な対策について、医学的な視点を交えてわかりやすく解説します。
体重減少という現実と向き合いながらも、これからの時間を心穏やかに過ごすためのきっかけになれましたら幸いです。

悪液質*1:  がんや慢性疾患の影響で栄養不良となり、体が極端にやせてしまう状態のこと

-もくじ-
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①大腸がんで体重が減少する原因
- がん細胞による栄養消費と基礎代謝の高まり
- 消化•吸収機能の低下(下痢便秘の影響)
- がん細胞による食欲不振と抗がん剤治療による吐き気
- 「がん悪液質」による痩せやすい体質への変化


②大腸がんのステージと体重減少の関係性

- ステージ0やⅠでの体重減少は稀
- ステージⅡ~Ⅳで体重減少が見られやすくなる理由
- ステージごとの症状と体重減少の傾向

③大腸がんの治療に伴う体重減少と具体的な対策
- 治療で体重が減る理由
 └手術
 └抗がん剤治療
 └放射線治療
- 治療による体重減少を防ぐためにできること
 └食事から栄養を効率よく摂るための工夫
 └体力と筋力を維持するための軽い運動
 └食欲不振につながるストレスや不安との向き合い方 

④まとめ

⑤編集を終えて

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 大腸がんで体重が減少する原因

大切な方の体重が少しずつ減っていく姿を見るのは、ご本人にとっても、支えるご家族にとっても、言葉にしがたい不安を感じるものだと思います。ここでは、大腸がんで体重が減ってしまう主な4つの原因を解説していきます。

がん細胞による栄養消費と
基礎代謝の高まり


がん細胞は、非常に活発に活動しエネルギーをたくさん使う細胞ですが、自分が大きくなるために食事から摂った大切な栄養素、特にブドウ糖を正常な細胞から横取りするように消費していきます。そのため、「体のために」と一生懸命に食事を摂っても、その栄養ががん細胞の増殖に優先的に使われてしまうのです。
また、がん細胞が体内に存在すること自体が、体全体に慢性的な炎症を引き起こし、体はその炎症と戦うために、常にエンジンがかかった状態となります。そのため、安静にしていてもエネルギーを多く消費してしまう「基礎代謝の亢進
*2という現象がおきてしまいます。「食事の栄養を横取りされる」ことと、「体全体の燃費が悪くなる」こと。この二つの現象が同時に起こるため、ご本人の意思や努力と関係なく、体重が減りやすい状態となります。

亢進*2:  体の機能や働きが、必要以上に活発になりすぎている状態のこと

消化•吸収機能の低下
(下痢
便秘の影響)

大腸は、体に必要な水分や栄養素を吸収し、便を作るという重要な役割を担っています。しかし大腸にがんができると、その部分がうまく機能しなくなり、食べ物の通り道が狭くなったりして、下痢や便秘といった便通の異常が起こりやすくなります。
下痢が続くと、水分と共に大切な栄養素が十分に体に吸収される前に、外へ排出されてしまいます。逆に便秘が続くと、お腹の張りや不快感から食事が思うように進まなくなることもあり、せっかく摂った栄養を体がうまく活かせない、あるいは食事そのものを摂ることが難しくなることで、体重が減ってしまいます。

がん細胞による食欲不振と
抗がん剤治療による吐き気

がん細胞は、がん細胞自身が体内に炎症を引き起こす「サイトカイン」という物質を放出します。この物質が脳に直接働きかけると、お腹が空いているはずなのに満腹だと感じたり、食べ物への関心そのものを失わせてしまいます。これが「がんによる食欲不振」の正体の一つと言われています。

また、がん治療に伴う副作用も大きな要因だと言われています。抗がん剤による吐き気や味覚の変化(何を食べても味がしない、苦く感じるなど)、口内炎の痛みは、食べる意欲を大きく削いでしまいます。

さらに、体の痛みやだるさ、そしてご自身のこれからに対する不安といった精神的なストレスも、繊細な食欲に影響してきます。「食べなければ」という焦りが、かえってご本人を追い詰めてしまうこともあるので、今、ご本人が「食べたくても食べられない」状況にあることを理解し、寄り添うこともとても大切です。

「がん悪液質」による
痩せやすい体質への変化

これまでご説明してきた原因が複雑に絡み合い、さらに進行すると「がん悪液質(‘あくえきしつ)」と呼ばれる特別な状態に陥ることがあります。これは、単に食事が摂れないことによる栄養失調とは根本的に異なり、がん特有の痩せやすい体質への変化が原因と言われています。
がん細胞が放出する物質が体に指令を出すことで、エネルギー源としてこれまで蓄えていた筋肉や脂肪を強制的に分解し始めてしまうため、たとえ食事を摂ることができても、筋肉がどんどん失われ、体重減少が進んでしまうのです。これが、体力が急激に落ちてしまう大きな原因の一つです。

 大腸がんのステージと体重減少の関係性
ここでは、大腸がんのステージと体重減少の関係について説明をしています。

ステージ0やⅠでの体重減少は稀

大腸がんの初期段階(ステージ0やⅠ)で、体重減少が起こることは非常に稀だと言われています。初期のがんは、まだ大腸の壁の浅い部分に留まっている状態であり、体全体のエネルギーを大量に消費するほどの力はまだ持っていません。また、この段階では大腸の消化・吸収機能もほとんど正常に保たれており、食事から摂った栄養はきちんと体に活かされている状態です。腹痛や目に見える血便といったはっきりした症状も乏しいため、食欲が落ちることもほとんどないため、ごく初期の段階では、体重に変化が見られないのが普通だと言われています。

ステージⅡ~Ⅳで
体重減少が見られやすくなる理由

がん細胞は進行に伴い、がんそのものが大きくなり、増殖するため、多くの栄養素(エネルギー)を必要とします。また、がんが腸管を塞ぎかけることで、食べ物の通りが悪くなり、腸の働きが乱れて消化・吸収がうまくいかなくなります。そして、進行したがんが全体に影響を及ぼし、「がん悪液質*1」の状態となり、安静にしていても筋肉や脂肪が分解されてしまう「痩せやすい体質」へと変化させられてしまうのです。
悪液質*1:  がんや慢性疾患の影響で栄養不良となり、体が極端にやせてしまう状態のこと

ステージごとの症状と
体重減少の傾向

大腸がんのステージが進むにつれて、体重減少が見られる可能性は高くなる傾向があります。一般的な目安になりますが、以下のように考えられています。一度ご自身の現在の体調と照らし合わせてみてください。

ステージ0~Ⅰ

体重減少はほとんど見られません。

ステージⅡ

がんが大きくなり、人によっては軽度の体重減少が始まることがあります。

ステージⅢ

リンパ節への転移が起こり、がんが全身に影響を及ぼし始めるため、食欲不振や体重減少を自覚する方が増えてきます。

ステージⅣ

他の臓器へ転移し、がんが全身に広がっている状態となります。「がん悪液質」の影響も強まり、多くの方で顕著な体重減少が見られるようになります。


 大腸がんの治療に伴う体重減少と具体的な対策

ここでは、治療に伴う体重減少について、また具体的な対策について説明します。

治療で体重が減る理由

大切な体を守るための治療が、なぜ体重減少につながってしまうのでしょうか。それは、選択した治療が、がんと戦ってくれるのと同時に、体全体にも大きな影響を与える側面があるからです。

[手術]
手術は、がんを取り除くと同時に、体に大きな負担をかけます。手術という大きな出来事を乗り越えるために、体は多くのエネルギーを使い、体力を消耗します。また、術後の痛みや、腸の回復を待つ間の食事制限によって、一時的に食欲が落ちてしまうこともあります。

[抗がん剤治療]
抗がん剤は、活発に分裂するがん細胞を抑制する薬ですが、その影響は正常な細胞にも及びます。特に口や消化管の粘膜は細胞の入れ替わりが速いため、影響を受けやすい場所です。副作用として現れる「吐き気」や「味覚の変化(味がしない、金属のような味がするなど)」、「口内炎の痛みは」食べたいという気持ちや、食べるという行為そのものに影響をあたえてしまいます。

[放射線治療]
お腹に放射線を当てる治療では、がん細胞だけでなく、周囲の正常な腸の粘膜もダメージを受けることがあります。その結果、下痢が続いたり、腸の働きが鈍くなることで食欲低下につながることがあります。

治療による体重減少を
防ぐためにできること

ここでは、治療による体重減少を防ぐためにできる食事、運動、ストレスとの向き合い方について説明します。

[食事から栄養を効率よく摂るための工夫]
「食べなければ」というプレッシャーは、かえって食事を遠ざけてしまうことがあります。頑張りすぎず、楽にできる工夫を取り入れることが、心と体の負担を軽くしてくれます。

・一日三食という形にこだわる必要はありません。調子の良い時に、食べたいと感じるものを少しだけ口にする

・少量でも効率よく栄養を摂るために、栄養補助食品(ドリンクやゼリータイプなど)の活用もおすすめ

・口当たりの良いスープや茶わん蒸し、アイスクリームなどは、無理なくエネルギー補給できる優しい味方

[体力と筋力を維持するための軽い運動]
がん治療中や、体が弱っている時は、「がん悪液質」の影響で何もしなくても筋肉が落ちやすい状態にあります。筋肉が減ると、体を支える力が弱まり、「だるさ」や「疲れやすさ」に繋がってしまいます。少しでも体を動かすことで、この筋肉の減少を緩やかにし、体を楽にしてくれる効果が期待できます。

ベッドの上で
→ゆっくりと手首や足首を回してみる。深呼吸を繰り返す。


椅子に座って
→ゆっくりと膝を伸ばしたり、曲げたりする。


・調子のいい時に
→窓を開けて外の空気を吸う。家の廊下をゆっくり数歩、歩いてみる。
窓辺で日差しを浴びるだけでも、気分転換になります。

[食欲不振につながるストレスや不安との向き合い方]
私たちの心と体は、深く繋がっています。特に食欲は、心の状態にとても正直です。将来への不安や、体の辛さからくるストレスは、自律神経のバランスを乱し、胃腸の働きを鈍くさせてしまいます。「食べられないこと」が、さらなるストレスとなってしまう悪循環を断ち切るために、まずはご自身の心に寄り添う時間を作ってみましょう。

・信頼できるご家族や友人に、今の気持ちを話してみる。
・好きな音楽を聴く。
・温かい飲み物でほっと一息つく。
・肌ざわりの良いブランケットにくるまる。

ご自身が「心地よい」と感じる瞬間に、心の緊張は少しだけ和らぎます。「食べること」から少しだけ離れて、心を休ませてあげること。これが結果的に穏やかな食欲を取り戻すきっかけになることもあります。

 まとめ

大腸がんに伴う体重減少は、ご本人やご家族にとって大きな不安の種となります。この記事では、その原因と向き合い方について解説しました。体重減少は、単なる食欲不振だけでなく、がん細胞による栄養消費と基礎代謝の亢進、消化吸収機能の低下、治療の副作用、そして進行期に見られる「がん悪液質」といった複数の要因が複雑に絡み合って起きます。

これはご本人の意思や努力ではどうにもならない体の変化であり、大切なことは、「食べなければ」と追い詰めることなく、栄養補助食品などの活用や、調子の良い時に少し体を動かしたりするなど、今の自分にできる優しいケアを実践し、無理なく心地よいと感じる時間を作ることが大切です。この記事が、体重減少という現実と向き合いながらも、これからの時間を穏やかに過ごすための一助となれば幸いです。


 編集を終えて

大腸がんに伴う体重減少について編集をしてきましたが、がん治療と向き合いながらも自身の体重が減っていき、痩せていく姿を見るのは、ご本人も支えるご家族にとっても、とても辛いことだと思います。しかし、だからと言って体調が辛い時に「食べなければ痩せていってしまう」と、無理に食べようとしたり追い詰めてしまうことは、逆にストレスをためてしまうばかりで、本来楽しい時間である「食事」の時間が苦痛なものとなり、さらに食欲を遠ざけ、体重減少を進めてしまう原因になってしまいます。

この記事を通して、自分のペースで無理なく「食べること」「体を動かすこと」が苦痛なことにならず、心穏やかに楽しい時間となるきっかけになりましたら幸いです。

医師 喜田凛 = 文