家族にもできるベッドサイドでの身体と心のケア
~作業療法士の私がおすすめする看取りケア~
大切な人が余命宣告を受けたら、家族は驚きや悲しみにくれる一方で、「限られた時間で何をしてあげたらいいのか」思い悩みます。
医療・介護職の治療やケアを補うような、「家族にもできるケア」はもちろんあるでしょう。でもそれ以上に「家族にしかできないケア」があると思います。
そのポイントになるものが「時間」と「愛情」の2つではないかなと思います。
この2つこそが、家族のもつ大きな力であり、本人の大きな支えになるものなのだと思います。
家族は長い時間を本人と過ごしてきました。余命宣告後も一番長く本人と向き合えるのは、家族です。在宅に限らず、仕事をしながらの限られた時間の面会でも、また同じことが言えるのだと思います。
そして、いうまでもなく、本人のためにつくしたいと誰よりも強く願い、愛情をもって接することができるのもまた家族です。
終末期の病院に勤務している作業療法士だからそこできる、家族の思いに寄り添った、家族ならではのケアをご提案させていただければと思います。
❖ 身体のケア
寝たきりになると、身体は徐々に弱ってきます。重力に逆らう運動が行われず、関節が固くなってきてしまう症状が出てきます。さらに、長い間身体を動かさない状態は痛みを誘発する可能性もあります。
身体を動かしたり、刺激をあたえたりすることは、こういった症状や痛みの防止の観点から、たいへん効果的です。また、身体的な効用に限らず、心地よさを感じるなど、精神的な効果も期待することができます。
座位をとる
寝たままの姿勢から座位(座った姿勢)をとるだけでも、身体や心へ大きな効果があります。呼吸機能の低下防止、起立性低血圧の予防、骨格筋への刺激、精神的ストレスの低減など、全身に及びます。
無理のないよう、疲れたらこまめに寝かせた姿勢に戻してあげることは、側にいる家族だからこそできる細やかなケアです。起立性の低血圧を既に発症している場合は、徐々に座位をとる必要がありますので、医療の専門家に相談をしてください。
習慣を続ける
今の状態に適した安静度合いを、医療従事者にたしかめながら、本人の希望するいつもの習慣をつづけられるように手助けします。
「お化粧をしたい」「家族と食卓を囲みたい」など普段の習慣の希望があったら、テーブルの高さや道具、姿勢など環境を工夫して、できるだけ自分で行えるように整えます。細かな配慮は家族だからこそできる、とてもあたたかいケアの一つです。
関節運動をする
肩、肘、股関節、膝 手など、各関節をやさしく持って、ゆっくり動かします。全可動域まで無理に動かす必要はありません。すんなり動く、痛みのないところまで動かしてあげてください。本人が協力動作をできるようであれば、できる範囲でやってもらいます。
人間の体は重いので、できるだけ本人に近づいて、ベッドに膝を乗せるなど、介護者の腰や腕に負担のかからない姿勢で行います。
ただ、股関節や膝などの大きな関節を動かすのは大変ですし、肩は痛みを生じやすい関節です。そこは専門家に任せて、側にいる家族だからこそできる、後回しになりがちな指などを丁寧に動かしてあげるのも、家族にもできて、負担の少ない、あたたかなケアのひとつです。
マッサージをする(触れる)
オイルをつけてそっと撫でるようにマッサージすることも、皮膚の健康や気持ちよさにつながります。高齢の方は皮膚が乾燥しやすく、痒みにつながることもしばしばあります。そうした方にも、オイルマッサージは効き目があります。
身体的な効果のほかに、「触れる」ことは心にも影響をおよぼします。
認知症の方へ「やさしく触れるタクティールケア」は、触覚を通したコミュニケーションともいわれています。
最近の研究では、従来は考えられなかった、皮膚のもついろいろな感覚が明らかになっているそうです。昔から実践されてきた「手当て」の効用が再認識されています。
ただし、むくみなどで皮膚が薄く破れやすくなっていることもありますので、医療の専門家に相談してから進めてください。
(オイルについて)
タクティールケアでは、マッサージ用のオリーブオイルを使いますが、オリーブオイルに限らず、お好きなマッ
サージオイルで構いません。本人の肌に合うものが一番かと思います。ドラッグストアやネット通販で、気軽に購入できるものが多くありますので、肌に合うか試して頂いた上で、お使い頂くとよろしいかと思います。
❖心のケア
人間は誰でも相手によって変わる、異なる面を合わせ持っています。もしかしたら、家族には見せていなかった一面があるかもしれません。余命宣告を受けたことで、今までの考え方、感じ方が、大きく変わることもあるでしょう。
家族は「うちの父は歌謡曲を嫌い、まったく聴きませんでした」とおっしゃるのですが、曲に合わせて楽しそうに歌ってらっしゃる姿をお見かけすることがあります。
今までの本人の姿とかけ離れていると、戸惑ったり残念に思ったりすることもあるかもしれません。言葉で愛情を表現したり、側に寄り添ったりするだけで、気恥ずかしさを感じる、そんな方もいらっしゃることと思います。長年、共に過ごしてきた家族だからこその感情です。
そうした場合は、前述の「身体のケア」を、気持ちを込めて行うことも、良い方法のひとつです。受け入れてくれる表情や反応で、新しい関係性が築けるかもしれません。
本人がやりたいことを明確に示してくれると、家族はそれにできるだけ応えていくことができますが、高齢の方の場合、希望が出てこなかったり、現実的でないこともあります。
認知症で入院していて、歩行も困難な方が「スキーをしたい」とおっしゃいました。実現は難しいですし、たとえ、無理をしてソリに乗ってゲレンデをすべったとしても、果たしてそれが本当の願いでしょうか。
雪の降りしきる故郷や、活発に出歩いていた頃の自分を、懐かしく思い出しているのかもしれません。
そこで、故郷や、スキーをしていた頃に話を向けると、生き生きとエピソードを話してくださいました。 最近のできごとは色を失って消えていっても、子供の頃の記憶は最後まで残ります。
家族と一緒に人生を振り返る作業をすることが、心のケアにつながっていきます。
回想する
写真など思い出の甦るものを見ながら、当時のことを話してもらいます。
生まれた家、ふるさとの景色、両親、兄弟、学校、友だち、進学、就職、結婚、子育て、趣味・・・
家族も知らなかった新たな発見があるかもしれません。人生を振り返り整理することで、心の平安につながることが期待できます。何より、昔の思い出をじっくり聞いてもらえることは、多くのご高齢の方にとって嬉しいことです。
余裕があったら、書き留めて写真とともに綴じておくと、本人が見返すこともできますし、家族にとっても思い出の品になります。
話しかける
本人が話をすることがなくなり、反応がとぼしくなっていても、聴力は最後まで残るといわれています。話しかけながらケアを行うようになさってください。
やはり家族の声が一番、反応を引き出します。話すことが思いつかなかったら、「今、右の手をさすってるよ」など自分の行為を言葉にしてみるのもひとつです。
自分へのケア
ご紹介してきたケアは、本人も家族も心地良いと感じる、無理のない範囲で行うことが大切です。余命宣告を受けることは、家族も本人同様に、痛みと喪失感を伴う大きなストレスです。介護による疲労も蓄積します。
ゆとりを持って、よりよい自分として向き合えるよう、家族も自分をケアする時間を確保しましょう。他の家族と役割分担や協力をして、一人で抱え込まないでください。決して無理をしないことが肝心です。同じ立場の家族と話す機会をつくったり、悩みを医療や介護のスタッフに相談してもよいと思います。
❖さいごに
重ねて申し上げますが、ケアを実施する際は、医療や介護の専門家に相談して、本人の症状に合わせて行うことが鉄則です。
お互いに、気持ちの通い合った、悔いのない大切な時間になることをお祈りしています。