医師 Y.GEN (MD)
救急総合診療医。キャリアは25年以上で生命にかかわる厳重な緊急事態にも多く対応。研鑽意欲も旺盛で全人的な治療やケアで今も医療の最前線で活躍。近年介護支援専門員の資格も取得。 - 男性
老衰
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老衰について - 老衰

老衰について - 老衰

老衰とは、年齢を重ねることにより、筋肉量の低下、内臓機能の低下、免疫機能の低下、意欲低下などが進行していき、徐々にベット上での生活が主なものとなり、最後には眠っている状態が続くという経過のことであると思われます。

法律上、医師にしか書くことが許されていない、死亡診断書の記入マニュアルによれば、「老衰は高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない自然死」と定義しています。

いわゆる老衰に至る経過をたどっていた高齢者でも、最後の最後は老衰ではなく、急激な各種臓器障害による疾患名で亡くなられるケースは多く、死亡診断書作成時の死因病名が、肺炎による場合は「肺炎」、心不全による場合は「心不全」となります。
よって、死因病名は老衰とはなりにくいケースが病院においては、多いと実感しています。
現に、1950年以降、医学の進歩により死因の原因病態解明が進歩するに従い、死因としての老衰は減少してきた経緯があることは事実です。

しかしながら、厚生労働省令和2年(2020)人口動態統計月計年表(概数)の概況によれば、老衰は死因の第3位と、近年では増加傾向にあり、超高齢者の多死社会が到来しているのではないかと思われます。

解剖を含めた死亡原因究明を行なえば、明らかな死因が認められることを根拠に老衰死を否定する意見や、老衰の経過の過程に起因する心不全で亡くなったのであれば、心不全死ではなく老衰死としてもよいのではという意見もあり、老衰に関しては、医師の間でもいろいろな意見があります。

死亡診断時点において、死亡診断書記入マニュアルの定義上、老衰死であると診断された方々を後から振り返ってみて、加齢による衰弱の経過について述べ、その経過で生じてくるさまざまな問題について考え、読者の皆さんの一助となれば幸いに思います。

終末期の特徴 - 老衰

終末期の特徴 - 老衰

加齢により筋肉量の低下と食事摂取量の低下が始まり、それが生命活動を維持するために必要な最低限のエネルギー量が低下することにつながると共に、活力の低下や身体機能の低下をもたらして、必要消費エネルギー量の低下を招きます。
必要消費エネルギー量の低下は、食事量や食欲低下をもたらし、低栄養状態となることで、最初に述べた筋肉量低下と食事摂取量の低下が始まる繰り返しのサイクルへと進むことにります。

このような負のスパイラルを繰り返しながら、徐々に老衰の経過が進行していきます。
筋肉量の低下のみならず、精神機能の低下、社会性の低下も進行していきます。

そして最後には、筋肉量の低下、内臓機能の低下、免疫機能の低下、意欲低下などが進行した結果、ベット上生活を主とする日常生活機能レベルとなり、眠っている状態が続くということになります。

諸症状および痛みや苦しみが出やすいところ - 老衰

諸症状および痛みや苦しみが出やすいところ - 老衰

食事摂取の問題
老衰の経過においては、脳機能の衰えにより、食事をとる意欲が減衰し、また、食物摂取時に食物を飲み込むゴックン(嚥下)をしっかり行うことが出来なくなります。水分は特に誤嚥をきたしやすく、知らず知らずのうちに気管へと流れ込んで肺炎を引き起こします。これを誤嚥性肺炎といい、高熱や呼吸困難を引き起こすことがあると知っておくべきです。

粘弾度の高い食物を摂取できるように工夫して食事介助を行いますが、むせるという反射も衰えていることから、最終的には慢性的誤嚥性肺炎の状態となり、心臓機能にも影響を与えていきます。

また、食事摂取の問題による水分摂取量の低下は、容易に脱水症をもたらします。老衰の経過にある高齢者は口渇を感じる力も低下していることから、脱水進行による全身倦怠感がもたらされることがよくあります。脱水による循環血液量低下により、腎臓から排泄される尿量が低下し、尿を通じて体内の老廃物を排泄する機能に支障をきたしてきます。蓄積した老廃物は、脳や心臓の機能に影響を与え、機能停止へと作用していきます。
体動困難の問題
寝返りなど、体を動かすことが困難となることによって、臀部(お尻の部分)や踵、肘などの一点に体重圧が集中し、組織の血流障害をきたし、床ずれ(褥瘡)をきたすことになります。最初は、同部位の発赤程度ですが、刺激が加わり続けると、組織が死んでしまい(壊死)黒色に変色、その下には腐った組織(不良肉芽)があり、徐々に露出していきます。

臀部を例にとると、臀部の中心部(仙骨に当たる部分)の壊死組織が露出し、進行すると筋肉や骨が露出していきます。

悪臭を放っているかどうかは、そこに感染を合併しているかどうかの判断材料にもなります。栄養状態が悪い、慢性腎不全がある、慢性炎症性疾患(悪性疾患を含め)があると、褥瘡の治療は難しくなる傾向にあると感じています。

床ずれの部分の血の巡りが悪い場合や感染を伴って炎症が強い場合、組織への負担が強い場合には、痛みや全身状態の悪化がもたらされます。
トイレでの排泄困難の問題
オムツ内の排泄物による、(特に女性の場合は)尿路感染症が容易に起こりうるでしょう。細菌感染が、尿道、膀胱、尿管、腎臓へと伝わると、腎盂腎炎(じんうじんえん)となり高熱となります。

尿路感染症を問わず、通常、発熱に相当する症状があり全身状態が悪化している場合には、発熱はなくとも、刺激に対する反応の低下、頻回の呼吸、発汗、顔色などに表れ、言葉には表現できなくとも、それらから本人の苦しみを感じ取れる場合があります。

死期が近い兆候と急変 - 老衰

死期が近い兆候と急変 - 老衰

死期を予測できるか

死亡診断書記入マニュアルの定義による老衰死は、他の原因疾患のない高齢者の自然死であることから、背後にある疾患が明らかでない場合、老衰の経過が進行していることは言えても、死期を言い当てるのは難しいように思います。

老衰の経過において発症した誤嚥性肺炎を、老衰死に含めるという考え方に基づいた場合は、誤嚥性肺炎の経過が参考となります。

誤嚥性肺炎の例
誤嚥性肺炎が生じると、発熱や肺機能低下により、心臓は肺の機能低下の分まで頑張って、全身の末梢細胞に十分な酸素を供給しなければなりません。そのため心臓は一回の心拍出量を増やしたり、心拍数を増やしながら全身への血流を保持するよう頑張ります。夜間も含め一日中マラソンを続けている心臓はやがて疲れはて、ポンプ機能が衰え、肺から心臓へ帰ってくる血流が渋滞するようになります。その結果、肺に水がたまり、それがさらに肺の機能を悪化させ、誤嚥肺炎の治療にも悪影響を与え、肺炎治療の経過期間が延びていていきます。それはすなわち、どんどんと心臓に負担がかかってくることを意味します。死期が近いと考えられる一例です。

急変するケース

誤脳血管障害(脳出血、脳梗塞)
刺激に対する反応の低下や、痙攣、気道狭窄、呼吸停止などの状態となることがあり得ます。痙攣はコントロールする処置を行わなければ、その痙攣がまた次の痙攣の誘発につながり、介護者も大変つらい思いをされると思います。
心筋梗塞
心臓を養っている血管(冠動脈)の閉塞により、心臓が停止してしまう致死的不整脈となることが十分にあり得ます。

その他、加齢に伴う動脈硬化の進行により、血管が詰まる、破れる、裂ける、捻じれることによる疾患の発症にて、顔色不良、発汗、頻回呼吸、血圧低下、時に興奮状態などの症状が見られますが、そのような徴候を感じ取れない場合もあります。

ケアの要点と問題点 - 老衰

ケアの要点と問題点 - 老衰

嚥下摂食困難の問題
飲み込むことが難しくなった場合、何らかの方法をもって栄養を体内に入れることを考えなければなりません。以下2つの方法は食事をする時に、飲み込むこと(嚥下)が出来なくても、流動食を消化管へ届けられるので、より生理的で効率よく栄養を摂取することが期待できる方法です。
経鼻経管栄養法
経鼻経管栄養は、消化が良く栄養バランスの取れた流動食を、鼻から胃まで入れたチューブから流し込んでいくという方法です。
胃瘻(いろう)栄養方法
胃瘻栄養は、手術により腹壁と胃内につながる道を作成し、腹壁から先ほどの流動食を流し込んでいくというやり方です。
経管栄養法や胃瘻栄養法を採用していても誤嚥性肺炎は起こりうる
心口から食べ物や飲み物をを摂取する必要がないのだから、経管栄養や胃瘻栄養では誤嚥による肺炎を起こすことはないという誤解がよく聞かれます。嚥下が出来ないということは、口腔内に溜まった黴菌を含んだ唾液粘液が、むせることなくそのまま気管内に流れ込んでいくということです。その結果、食事によるによる飲み込みが不必要でも、飲み込みが出来ないことによる肺炎、つまり、誤嚥性肺炎につながるのです。
点滴での栄養摂取
それでは点滴はどうでしょうか。人間は腸から栄養を吸収することにより、血となり肉となる栄養を摂取し、腸を活動させることにより免疫を得ています。腸からの栄養吸収がなくなれば、いくら点滴量を増やしても全身にむくみが生じるのみで、筋肉量の低下と生命を維持する十分な免疫を得ることが出来なくなります。具体的な例としとしては、血液中のたんぱく質(アルブミン)の低下により、血管内を流れる血液の水分が血管外に流れ出し、血管の外に水がたまるということです。肺でこのようなことが起これば、肺に水がたまる結果、酸素を要する状態になり必要酸素量は増えていき、やがて限界に達します。人工呼吸管理の必要性について考慮しなければならないレベルとなります。

褥瘡管理の問題
褥瘡は、寝返りなど、体を動かすことが困難(体動困難)になることより、一点に集中的に体重圧がかかることにより、血流障害が生じる結果であることは、すでに述べたとおりです。体動困難により自分の意思で体位変換除圧が出来ないことから、介護者が定期的に体位変換してあげることにより、一点に圧が集中することを防がなければなりません。現在では創部に使用する高価な創傷被覆材が使用されるようになりましたが、創傷被覆材の性能よりも、体位変換をしっかりと行う方が、はるかに効果が高いという手ごたえを感じています。創部をドライな状態にならないよう処置し、夜間も含め2~3時間ごとの体位変換を行い、栄養状態を保ち、合併症や全身状態が悪くなければ、多くの症例でひどい褥瘡であっでも軽快していくことを筆者は経験しています。ただし、介護者の負担は相当なものがあると想像いたします。

清潔の問題
尿路感染症から全身状態の悪化、褥瘡の悪化を予防するには、出来ればオムツではなくトイレで排泄が出来るのが理想ですが、ポータブルトイレ移譲介助に介護者がどこまで労力を注ぐことが出来るのかという問題があります。

急変のリスク・心構えの問題
心ただし、この処置により自己心拍の再開が得られても、深刻な脳機能障害のため自分で呼吸を行うことが出来ず、気管内にチューブを挿管して、人工呼吸器で強制換気を行うことによって、自己心拍再開を継続されるということになります。


餓死されないように、何らかの水分と栄養を体内に入れて、生命活動を維持させるということが、ここから始まります。この場合には、現在の日本の法律上、たとえ医療者であっても人工呼吸器をはじめとする生命維持装置を意識的に外すことは許されていません。

このような状態を維持する医療を読者のみなさんはどのようにとらえられるかも人それぞれでしょう。

鎮痛, 鎮静 - 老衰

鎮痛, 鎮静 - 老衰

治療により改善する疾患(可逆的疾患をどこまで診るのか
老衰の経過と思われていたが、実はその背後に可逆的疾患(治療により改善する疾患)が隠されているケースがあります。

実は、老衰の経過を見ていく過程で、これが最も難しい問題であると筆者は考えています。

老衰の経過であれば、一般的に月単位~年単位の緩徐な変化であるといわれています。

年余にわたる経過を見守ってきたご家族のみならず、多職種の意見にも耳を傾け連携しながら、経過の変化を慎重に見極めることが大切です。

検査を要するならば、いったいどこまでの検査を行うのか、身体に負担がかかる検査まで行うのかという問題があります。確かに、負担の少ない範囲で検査を行い、背後にある何らかの原因病態を見つけ出し、それを治療することにより、患者さんの苦痛軽減につながることも経験します。

例えば、入れ歯等が原因となる咀嚼の問題、処方薬剤やサプリメントの影響、便秘、うつ病、環境変化の影響、食事介助ポジショニング不適合による摂食障害の問題などが隠れていることがあります。
原因を解決することにより劇的に苦痛が軽減することがあります。

それは、患者さんの苦痛軽減に大いに貢献した検査治療であったと言えます。

しかしながら、多くの場合は検査治療により一過性の苦痛軽減にとどまることも多く経験します。
患者さんご家族様は、最後は苦しまない方向でお願いしますとおっしゃいます。

「本人の苦痛軽減」を追及していった結果、検査治療を繰りかえし、最終的には深い鎮静をかけて人工呼吸器につなげて胃瘻栄養にまでなってしまったということもあります。

いったいどこまで検査治療を行うのか。
介護に携わるご家族様も是非このような問題があることに触れて頂き、ご家族様もチームの一員として加わっていただき、医療者と共に考え、本人様とご家族様にとって最もよい方針を探していきたいと、筆者は強く願っております。

本人の希望に関する話あいの重要性
人生の最後を迎えるにあたって、どこでどのように迎えるのかという問題があります。本人様の希望や御家族様の事情により、様々な希望があると思います。

在宅で看取ると決めていたのに、急激な臓器障害により苦しまれ、救急病院へ搬送ということは普通にあります。それは仕方のないことだと思います。

そのようなことは普通に起こり得るものだと考え、信頼できる在宅医、訪問間看護スタッフ、介護支援専門員と相談連携しながら、いざという時の医療をどのように行うかを事前に決めておくことは、非常に大切なことです。

リビングウィルという言葉があります。
人生の最終段階における医療・ケアについての生前の意思表明のことです。

最後の時はまだまだ先のことと希望的観測を抱きがちですが、本人様の認知機能低下は感じられないようで、実は明らかに存在するケースがあります。
リビングウィルまでいかなくても、日ごろからできれば早いうちから、このような話はしておくとよいと思います。
少なくとも、患者さん本人の理解力がまだしっかりあるうちに、終末期の医療介護に関して、本人様の考えを聴き価値観を知ることが大切です。
それを出来る範囲で実践し、最後まで周囲も納得がいくように出来るといいですね。

患者さんとの十分な疎通が取れない場合でも、筆者は御家族だけの希望ではなく、本人様の希望(過去の発言も含め)を、本人とご家族様から必ず聴く様にしています。
本人の希望が不詳ならば、「今の状態を本人様がもし会話できるなら、どうしてほしいというと、あなたは思いますか」と、ご家族様に伺うようにしております。
涙ぐまれながら、「私はお父さんに少しでも長生きていてほしいと思いますが、父ならきっと、これ以上のことはやめてほしいと言うと思います。」というケースや、同じ質問に対して、絶句の末、面談がそのまま終了するケースなどいろいろです。

本人の気持ちを出来る限り尊重でき、家族も出来る限りのことができたと思うことが出来れば、患者さんが旅立たれた時にも、後悔なく晴れ晴れした気持ちになれるのではと想像いたしますがいかがでしょうか。

みんなで患者さんを看取った後に、感謝されるご家族様も数多くおられます。

老衰
病気経過終末期 Disease course and terminal stage.