医師 I.KUNO (MD)
産婦人科医師。固形癌の診療経験が豊富で、がん薬物療法専門医でもある。 ホスピスで有名な病院勤務にて、数多くの癌患者さんの緩和ケアや看取りも担ってきた - 女性
甲状腺がん
Thyroid cancer
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病気が辿る経過 - 甲状腺がん

病気が辿る経過 - 甲状腺がん

甲状腺がんは組織型(そしきがた)という顕微鏡で見たときの細胞の形態によって分類されており、組織型によって病気の性格は異なります。日本では乳頭がんが最も多いです。乳頭がんでは病気が進行する速度が遅く、急激に体調が悪化することは少ないと言われています。ただ、乳頭がんにおいても悪性度が高い腫瘍に性格が変化し、全身に転移することがあります。

組織型や転移の有無によって病気がもつ性格は全く異なります。甲状腺がんの中には悪性度が高く急激に病状が進行するタイプの腫瘍も存在します。ご自身の病気がどのような状況であるかは主治医に聞いて把握しておきましょう。

手術による初回治療終了後は経過観察を行います。乳頭がんでは10年以上経過してから再発することもあり定期検診を受けることが大切です。残念ながら再発してしまった場合には、手術、放射線治療(放射線ヨード内用療法もしくは外照射)、薬物治療から最も適した治療法を選びます。

終末期の特徴 - 甲状腺がん

終末期の特徴 - 甲状腺がん

甲状腺がんの終末期の患者さんでは甲状腺全摘手術・放射線ヨード内用療法に対して無効になった方が多いと思われます。このような患者さんを対象として、がんが増殖するのを阻止する成分が含まれている、分子標的薬を内服する治療がよく行われています。内服で治療でき自宅で過ごせるのがいい点ではありますが、これらの分子標的薬では一般的な抗がん剤とは異なる特徴的な副作用が多くみられます。治療を継続していくのは、副作用よりもがんに対する効果が上回る場合に限ります。副作用が強く出ているのに、がんを抑える効果が乏しく病状が悪化している場合には、分子標的薬での治療を中止せざるを得ません。

このタイミングで治療はすべて終わってしまったと感じる方が多くいらっしゃいます。しかし、手術、放射線、薬物治療の中止がすべてのがん治療の終了ということではありません。今後は緩和ケアに専念して、からだのしんどさや痛みを少なくし有意義な時間を過ごせるようにしようという前向きな意味を持ちますので、ご本人もご家族も希望を持って過ごして頂きたいです。

諸症状 - 甲状腺がん

諸症状 - 甲状腺がん

悪性度が高い甲状腺がんにおいては周囲の臓器(気管、食道、反回神経など)へ浸潤(しんじゅん;腫瘍が他の臓器へ広がること)したり、周囲のリンパ節に転移を起こしたりします。気管や反回神経に浸潤すると、声が枯れたり咳が出たりします。症状が進行すると呼吸困難に陥ります。食道に浸潤すると、食べ物や飲み物が飲み込みにくくなります。腫瘍が大きくなると、食道が完全に閉塞してしまい水分や食事をとることが全くできなくなってしまいます。頸部のリンパ節に転移すると首のリンパ節が腫れて、リンパ節を触れるようになります。サイズが大きくなると見た目でもわかるようになります。首の周囲の腫瘍は出血しやすく、急に大量出血を起こすこともありえます。

甲状腺から離れた臓器では、肺、骨、肝臓への転移が多くみられます。肺に転移し腫瘍が大きくなると咳や血痰が出ます。肺の腫瘍が胸水を産生し水が多量に溜まると、血中酸素濃度が低下したり息が苦しく感じたりします。肝臓に転移すると、正常に機能する肝臓の細胞が減って肝臓の機能が低下したり黄疸が生じたりします。全身がだるくなり食欲が落ちます。重症化すると意識障害が起きます。骨に転移し、腫瘍が神経を圧迫すると、手足の麻痺や排尿・排便障害が出現する可能性があります。このような症状が出現する前に発見し、放射線治療や骨修飾薬での治療を行い予防できるように医師は注意して診療しています。ただ急速に骨転移が進行した場合には、先述した症状が急激に出現することがあります。このような症状がみられるときは緊急事態なので、すぐに病院を受診しましょう。

分子標的薬での治療を行っている患者さんでは、一般的な抗がん剤とは異なる特徴的な副作用がみられます。頻度が高いのは、吐き気・食欲不振、疲労、口内炎、下痢、高血圧・蛋白尿、手足症候群です。手足症候群では手足の皮膚の感覚異常や、皮膚の強い炎症により発赤、びらん、潰瘍などを来します。

痛みや苦しさが出やすい所 - 甲状腺がん

痛みや苦しさが出やすい所 - 甲状腺がん

甲状腺がんでは周囲の臓器へ浸潤しやすいと言われています。甲状腺の近くには気管、食道が位置しています。また、反回神経という声帯を動かす役割をしている大切な神経も近くを走行しています。

気管に浸潤しても初めのうちは無症状ですが、腫瘍が大きくなると血痰や咳が出るようになります。さらに進行すると呼吸困難に陥ります。気管が周囲と交通している状態になりますので、気管支炎や肺炎を起こしやすくなります。咳や痰で困る場合には、呼吸を楽にする医療用麻薬を用います。物理的に閉塞し呼吸ができない場合には、手術などで気道を確保します。

食道に浸潤すると、水分や食事を飲み込むことが難しくなります。腫瘍がさらに大きくなると水や食べ物が全く通らなくなります。この場合には、栄養を得る経路を確保する必要があります。全身状態によって治療方針は異なりますが、胃ろうや腸ろうを作成して栄養剤を投与したり、注射でカロリーが含まれる点滴を投与したりします。

反回神経に浸潤しても片側であれば大きな問題は生じません。両側に麻痺が生じると、声が出なくなる、飲み込みがうまくできなくなる、呼吸ができなくなるなどの障害が生じます。呼吸困難になっている場合には気道確保を行います。

死期が近い兆候 - 甲状腺がん

死期が近い兆候 - 甲状腺がん

お亡くなりになる1週間前頃になるとだんだんと眠っている時間が長くなります。意識レベルが少しずつ低下していき、お話ができる時間が短くなっていきます。唾液をうまく飲み込めなくなり喉元でゴロゴロと音がすることもあります。呼吸のリズムが不規則になったり、肩や顎で呼吸をするようになったりします。循環不全となり血圧がだんだんと下がっていきます。このため手足の先が冷たくなったり、色が青くなったりします。尿の量は少しずつ減っていき最期には尿はほとんど出なくなります。

ケアのコツ(要所) - 甲状腺がん

ケアのコツ(要所) - 甲状腺がん

がんの患者さんでは、お元気にされていても次の日には急に体調が悪くなって動けなくなる方が多くいらっしゃいます。特に甲状腺がんの患者さんでは、首の周囲に病気が広がることが多いです。首には気管や食道という命に係わる臓器があります。腫瘍による閉塞や誤嚥によって急に窒息や呼吸困難を生じる可能性が高いです。また首には大きな動脈・静脈があり腫瘍は出血しやすく、急に大量の失血が起こることがありえます。このような時は緊急事態ですので、すぐに対応できるようにあらかじめ準備をしておきましょう。

がんが全身に広がっている患者さんにおいて心臓や呼吸が止まった場合には、心臓マッサージや人工呼吸などの心肺蘇生を行っても元気に回復される見込みは低いです。むしろこの心肺蘇生処置が、ご本人にとっては苦痛になりますのでおすすめできません。心停止や呼吸停止が起きた時の対応については、前もって主治医と話し合って方針を決めておきましょう。

鎮痛, 鎮静 - 甲状腺がん

鎮痛, 鎮静 - 甲状腺がん

いろいろなお薬を使っても、ご本人の痛みやしんどさが残ってしまうことがあります。このような場合には点滴での睡眠薬を使って眠ってもらい、苦しくない状況をつくることができます。薬剤を用いて眠ってもらうことを「鎮静」といいます。最期のときが近付いていることを示していますが、鎮静をすることで命の時間が短くなるわけではありません。ご本人の希望や置かれている状況に応じて、鎮静を行うことを躊躇しないことが必要です。医療者とよく話し合い納得した上で鎮静を開始することが大事ですが、時間的な猶予はあまりありませんので早い決断を求められることになります。

鎮静を開始した後は、眠っておられる表情や体を動かすかどうかを観察してください。眉間にしわがよっていたり、体をよく動かしたりされる場合にはまだしんどさが残っている可能性があります。このような場合には医療者に相談して鎮静のお薬を調整してもらうようにしましょう。

最後に - 甲状腺がん

最後に - 甲状腺がん

甲状腺がんが進行し有効な治療法がもう残っていない場合には、残念ながらご本人に残されている時間は限られていると考えられます。限られた時間をできるだけ有意義に過ごせるように、医療者をうまく頼って症状コントロールを行いご自分の好きなことをして過ごして頂きたいです。残念ながら病気は進んでいくので、それに伴い体力は低下していってしまいます。十分に動けるうちに大切な方に会ったり、思い出の場所へ旅行したりして、やりたいことをしっかりやって心残りがないような日々を過ごしましょう。お仕事を続けたい場合には、お仕事のやりかたを工夫すれば続けることができます。治療スケジュールについて主治医に相談したり、勤務内容を職場の方と相談したりしながらご自身の希望に一番近い方法を探しましょう。

ご自身がどこで(病院もしくは自宅)、誰と、どのように最期を迎えたいのかは、甲状腺がんが再発した時点から少しずつ話し合っていきましょう。ご自身の考えを家族や医療者と共有することで、より希望に近い状況で大切な時間を過ごすことができると思います。

甲状腺がん
病気経過終末期 Disease course and terminal stage.