医師 A.K-Okamoto (MD)
専門分野は消化器内科で主に胆膵をメインとしながら、救命センターでの集中治療や3次救命での従事経験も豊富な救急専門医としても活躍。どこまでも分かり易く真の優しさが伝わる医療記事の執筆も評判 - 女性
肝不全
Liver failure
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病気が辿る経過 - 肝不全

病気が辿る経過 - 肝不全

肝臓には身体に溜まった毒素を解毒したり、身体に必要なエネルギーを作ったり、消化液を作ったりと様々な役割があります。どれもなくては生きていけない重要な役割ですが、万一肝臓の機能が悪くなっても、腎臓など他の臓器と違い長期間医療機器で肝臓の代わりをすることはできません。

肝臓機能障害の原因としては肝炎ウイルス、アルコールや肝臓がんなど様々な要因があります。ウイルスやアルコールなどが原因の場合では、長い年月をかけて炎症を繰り返すことで肝臓がゴツゴツした状態(肝硬変)となっていき、徐々に肝臓の機能が低下してきます。このように慢性に病気が進行する場合は、はじめのうちは自覚症状があまり出ず、かなり進行してから気づくということも多くあります。肝臓は一部の働きが悪くなっても、残りの正常組織である程度悪くなった部分をカバーしてしまうため、肝臓の働きがある一定レベルまで悪くならないと症状が出にくいのです(「沈黙の臓器」とも言われます)。早くに肝機能障害に気づき、原因に対しての治療を行えれば良いのですが、気づかないうちに病気が進行し肝硬変となってしまうこともあります。肝硬変となった場合は元の健康な肝臓に戻ることは困難となってしまいます。

さらに病気が進行し、肝臓の機能が大幅に低下し十分にその役割を果たせなくなると、肝不全となります。その場合は肝移植や食事療法、禁酒等で対応しながら、それぞれ出てくる症状に対する治療を行っていくことになります。しかしながら、肝移植は現時点ではあまり提供者も少なく、条件もあるため食事療法や薬、禁酒等で対応していく場合がほとんどとなります。

終末期の特徴 - 肝不全

終末期の特徴 - 肝不全

慢性の経過(数か月から数年をかけて)で肝機能障害が起こり、肝硬変となってしまった場合、肝臓を完全に健康な状態に戻すことは困難となります。しかしながら、初期のころは肝機能障害があっても自覚症状はあまり出ず、気づいた時には肝硬変、肝不全となっている場合も多くあります。肝硬変等になるまで病気が進んでくると、徐々にだるさや食欲不振、疲れやすさ等が出てきます。また、肝臓の働きが悪くなっていくことで栄養がなかなか作られず身体は徐々にやせていきますが、血管からお腹の中に水が移動したまっていくため(腹水貯留)、お腹だけが飛び出しているような形になってきます。

肝不全末期ではこれらの症状がひどくなってきます。お腹が膨れて張ることで引っ張られたような痛みや、肺がお腹に押されることによる息苦しさも出現し、徐々に症状も強くなっていきます。また、腹水は胃や腸などの消化管も圧迫するため、なかなか食事もとれず、肝臓が悪くさらにエネルギーが作られず、と悪循環となってきます。最終的には肝臓が有害物質を分解できずに身体に溜まることで脳に影響が出るため、眠るように意識がなくなっていきます。

諸症状 - 肝不全

諸症状 - 肝不全

肝不全では多くの人で全身のだるさや疲れやすさ、食欲不振や吐き気などを認めます。肝臓の機能が悪くなることで老廃物(血液が壊れたときに出るビリルビンという物質)を腸管に流すことができなくなり、身体が黄色くなったり(黄疸)白目の部分が黄色くなります。また、その老廃物が全身に溜まることで全身のかゆみが出てきたり、尿が濃くなったりします。

また、肝臓の機能としてタンパク質やエネルギーを作ったり貯めたりしますが、それができなくなることで血管の中に水をとどめておく力がなくなってきます。そのため、血管の中の水分がお腹の中や皮膚の下に漏れていき、お腹の中に腹水が溜まったり、手足にむくみが出たりします。その他、肝臓は有害物質(アンモニア)を分解する解毒の役割を担っていますが、肝臓の機能が悪くなると有害物質が分解されず、有害物質が身体に溜まることで脳に影響してきます(肝性脳症)。肝性脳症では、はじめは認知症のような症状が出たりしますが、徐々に眠るようになっていきます。

肝臓自体が硬くなってしまうことで肝臓へ行く血管の圧が高くなり、食道や胃の血管が膨れ(静脈瘤)、破裂することで吐血を認めることがあります。出血が多ければ死に至ることがあるので、早急な治療が必要になるケースも多くみられます。治療には胃カメラでの止血を行いますが、止血を行うことでさらに肝臓の機能が悪くなり、病気が進行して吐血などの出血が繰り返し起こる、というように悪循環となってしまいます。そのため、適宜静脈瘤ができていないかなどのチェックを行うこと、内視鏡治療なども肝臓の状態を見ながら進めていくことが必要となります。また、肝臓への血管の圧が高くなることで腎臓の障害が出ることもあります。

痛みや苦しさが出やすい所 - 肝不全

痛みや苦しさが出やすい所 - 肝不全

肝不全末期では多量の腹水がたまることが多く、お腹がはって動きにくい、苦しい、痛いと言う方が多くいます。また、肺に水が溜まった場合は呼吸も苦しくなりますし、お腹の張りで肺、横隔膜(お腹と胸の空間を仕切っている薄い筋肉の膜。呼吸を行うのに必要)が押されて息苦しく感じる人もいます。お腹の張り自体は水分を血管内に戻し、尿で水分を身体の外に出すという投薬治療などで対応していきますが、それでも間に合わない場合は直接お腹に針を刺して水を抜く処置(腹水穿刺)を行うこともあります。直接針で水を抜くことで自覚症状は急速に良くなるため、水を抜くことを頻繁に希望される方もいます。しかしながら、お腹に溜まっている水自体にも栄養分があるため、栄養ごと水を抜くことで身体全体の栄養状態が悪くなり、そのために腹水がたまるのがさらに早くなってしまいます。そのため、出来る限りお腹に針を刺さずに、飲み薬で尿を出すという治療を行っていきます。

死期が近い兆候 - 肝不全

死期が近い兆候 - 肝不全

肝不全ではエネルギー、タンパク質を作ることができず、身体は栄養不足となるためやせていきますが、お腹の中では腹水がどんどん増えて溜まっていくため、どんどんお腹だけがかなり出っ張ったような体形になっていきます。さらに、その溜まった腹水で胃や腸も圧迫されるため、食事もなかなか食べることができなくなってきます。肝不全が進行しお腹に水が溜まってくると、その溜まった腹水で肺が押されるために息苦しさを訴えるなどの症状を訴える人もいます。

また、肝不全末期では「有害物質の解毒」という肝臓の役割が果たせなくなるため、有害物質が分解されずに身体にたまってしまいます。身体に溜まった有害物質は脳に影響するため(肝性脳症)、徐々に意識が悪くなっていきます。はじめは見当識障害(認知症のような症状)がでてきますが、時間とともに徐々に意識がもうろうとしてきます。その後は眠る時間が徐々に長くなっていき、最終的には眠ったままの状態となります。一昨日まで話をしていた人が、昨日にはコミュニケーションをとることができなくなり、今日は意識がなくなってしまう、ということもあります。意識がなく眠った状態となった場合は数日、長くても2,3週間以内に死に至る可能性があります。

その他、前述の吐血を繰り返す場合、出血により突然なくなってしまうこともありますが、出血の繰り返しにより肝臓の状態がどんどん悪くなるため、確実に死期に近づいていると言えます。

ケアのコツ(要所) - 肝不全

ケアのコツ(要所) - 肝不全

肝不全では、肝臓が必要なたんぱく質やエネルギーを十分に作ることができなくなるため、身体はやせ細っていくにもかかわらず、お腹の水が大量に溜まることでお腹の部分が張り出して重くなってしまいます。身動きをするにもかなり大変な状況となり、お腹の重みにより床ずれが起きやすくなることもあります。これらを予防するため身体の向きを変える等のケアも重要になってきます。また、お腹の水が胃や腸を圧迫し食事がとれないこともあります。そのため、医療者チームと相談し食べやすい食事に変えていくなどの工夫もよいかと思います。

肝不全末期では有害物質がたまり脳へ影響することで、突然意識がもうろうとしてしまうこともあります。そのため、まだ意識がはっきりしている間に、今後の治療やどこまでの治療を希望するかなども含め、患者さん本人と十分に話し合っておくと良いでしょう。

鎮痛, 鎮静 - 肝不全

鎮痛, 鎮静 - 肝不全

肝不全ではお腹の張りによる痛みや息苦しさを認めることがあります。これらに対しては痛み止めなどを調整することでコントロールしていきますが、効果には個人差があります。お腹の張りによる痛みが強い方は、お腹に針を刺して直接腹水を抜いていきますが、それにより肝不全がさらに悪くなり、お腹の張り自体も悪くなっていく可能性もあります。そのため、適宜医師と相談しながら、症状と病状を天秤にかけて行っていく形になります。

最終的には薬だけでは苦しみを取り切ることができず、薬を使って眠らせることを希望する方もいます。しかしながらこの処置を行うと、それ以後は眠ったままになってしまい、それまでと異なりコミュニケーションをとることは難しくなるため、かなり慎重に判断する必要があります。眠るかどうかの判断については患者さん本人の希望が最も重要です。そのため、「苦しんでいるのを見ていられないから」とご家族の希望のみで安易に行ってはいけません。しかしながら、肝不全末期では肝臓が分解できない有害物質が身体に溜まり、脳に影響することで急にコミュニケーションが取れなくなる方も多くいます。こうなる前に、意識がはっきりとしてコミュニケーションが取れる間に、あらかじめ患者さんの希望を含め、本人と周囲の方が十分に話し合っておくことが重要なのです。

肝不全
病気経過終末期 Disease course and terminal stage.