医師 I.KUNO (MD)
産婦人科医師。固形癌の診療経験が豊富で、がん薬物療法専門医でもある。 ホスピスで有名な病院勤務にて、数多くの癌患者さんの緩和ケアや看取りも担ってきた - 女性
卵巣がん
Ovarian cancer
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病気が辿る経過 - 卵巣がん

病気が辿る経過 - 卵巣がん

卵巣がんの初回治療では診断と治療を目的として手術を行います。卵巣がんには非常に多くの種類があります。組織型(そしきがた)という顕微鏡で見たときの細胞の形態で分類されています。この組織型によって病気がもつ性格は全く違いますので、ご自身がどの組織型であるかは主治医に聞いて把握しておきましょう。

卵巣がんは症状が出にくいので早期発見が難しい病気です。このため診断時にはお腹の中に病気が広がっていることがよくあります。組織型によって違いはありますが、卵巣がんでは抗がん剤が高い効果を持つことが多いです。初回治療は手術と抗がん剤を組み合わせて行われます。

初回治療終了後は経過観察を行います。残念ながら再発してしまった場合には、抗がん剤治療を主体にして治療を行います。今までの治療経過をもとに効果が見込める薬剤を順番に使っていきます。抗がん剤によって一旦病気がよくなることがありますが、いずれは効果が乏しくなります。使用できる薬剤には限りがあり、いずれは抗がん剤での治療を終了することになります。再発した腫瘍による、痛みや出血で困っている場合には放射線治療を行うこともあります。

抗がん剤治療や放射線治療により、吐き気や倦怠感などの副作用が高頻度にみられます。これらの治療による副作用が強く、身体に相当な負担がかかる場合には無理をして続ける必要はありません。ご本人の体力や副作用、ご希望に合わせて主治医とよく相談したうえで、無理のない治療法を選びましょう。

卵巣がんではお腹の中に病気が広がってしまうことが多いです。食事がうまくとれない、体の中で痛い部位がある、お腹が張って苦しいなどの症状が起こります。このような症状に対しては、それぞれに対処方法があります。このように病気を治すことを目的とせず、出現する様々な苦痛の軽減を目的として行う治療を緩和ケアといいます。手術や抗がん剤治療と同時に早期から緩和ケアを並行して行うことが非常に大切です。それぞれの症状については気兼ねなく主治医に相談するようにしましょう。

終末期の特徴 - 卵巣がん

終末期の特徴 - 卵巣がん

卵巣がんに対して投与できる抗がん剤をすべて使用してしまい、効果を見込める抗がん剤がなくなってしまうと、これ以上抗がん剤治療を続けることが難しくなります。また病気が進行し、体力が低下して1日の半分以上をベッド上で過ごすようになり、ご自分の足で歩いて病院へ行くことが難しくなると、がんに対する積極的な治療の適応は下がります。このような患者さんにおいて、手術や抗がん剤治療が劇的な効果をもつことは極めて稀です。むしろ治療による副作用によってかえってご自身の命を短くしてしまう恐れがあります。このため、治療選択肢が残っていない時や体力低下時には、無理せずにがんに対する治療は中止するのがご本人にとって望ましいと判断されます。

このタイミングで治療はすべて終わってしまった、医療者に見捨てられてしまったと感じる方が多くいらっしゃいます。しかし、手術や抗がん剤の中止がすべての治療の終了ということではありません。今後は緩和ケアに専念して、からだのしんどさや痛みを少なくし有意義な時間を過ごせるようにしようという前向きな意味を持ちますので、ご本人もご家族も希望を持って過ごして頂きたいです。

諸症状 - 卵巣がん

諸症状 - 卵巣がん

卵巣がんは横隔膜から下のお腹の中に病気が広がることが多いです。腹膜播種(ふくまくはしゅ)は、お腹の中にがん細胞が広がり腹膜に小さなできものが無数にできた状態をいいます。また大腸や小腸などの腸管の中に直接病気が広がっていくこともあります(腸管浸潤;しんじゅん)。腹膜播種や腸管浸潤によって胃腸がうまく動かなくなったり、閉塞してしまったりします。そして吐き気が起こったりお腹が痛くなったりします。播種が腹水を産生し、お腹に水がいっぱい溜まってパンパンになってしまうこともあります。

手術でリンパ節郭清(かくせい)を受けた方や、リンパ節に腫瘍が転移している方ではリンパ浮腫(難治性のむくみ)が起こり、両足の太ももやふくらはぎ、外陰部がパンパンに腫れてしまいます。

肺に転移していると咳や血痰が出ることがあります。肺の腫瘍が胸水を産生し胸の中に水が多量に溜まってしまうと、血中酸素濃度が低下したり息が苦しく感じたりします。

肝臓に転移していると、正常に機能する肝臓の細胞が減って肝臓の機能が低下したり黄疸が生じたりします。全身がだるくなり食欲が落ちます。重症化すると意識障害が起きます。

脳に転移していても無症状であることが多いです。腫瘍の位置によっては手足の麻痺、呼吸筋麻痺、けいれん、意識障害などの重篤な症状を引き起こすことがあります。このような症状が出たときには緊急事態です。すぐに病院を受診しましょう。

骨に転移していると、骨腫瘍が神経を圧迫し、手足の麻痺や排尿・排便障害が出現する可能性があります。このような症状が出現する前に発見し、放射線治療や骨修飾薬での治療を行って予防できるように医師は注意して診療しています。ただ急速に骨転移が進行した場合には、先述した症状が急激に出現することがあります。このような症状がみられるときは緊急事態です。すぐに病院を受診しましょう。

痛みや苦しさが出やすい所 - 卵巣がん

痛みや苦しさが出やすい所 - 卵巣がん

卵巣がんは腹膜、大網(だいもう)、大腸・小腸、横隔膜、脾臓へ浸潤することがあります。遠隔転移(遠く離れた臓器への転移)ではリンパ節、肺、肝臓、脳、骨への転移が多くみられます。

腹膜、大網、大腸・小腸に腫瘍があると、腸の動きが悪くなって便通異常を来します。便秘には便を軟らかくする薬や腸を動かす薬を使い、下痢に対しては下痢を止める薬を使うことで便通をコントロールします。腫瘍のせいで腸管の通り道が詰まってしまうことがあり、この病態を腸閉塞といいます。重篤な腸閉塞に対しては、絶食・点滴管理を行います。必要に応じて消化管に管を入れて減圧したり、手術で消化管をバイパスしたりします。

腸の動きが悪いとお腹が痛くなります。お腹の痛みには鎮痛剤を使います。鎮痛剤は弱い薬から開始して、痛みの程度に応じて薬を変更していきます。痛みが強い場合には医療用麻薬(オピオイド)を使います。麻薬と聞くと使用することに抵抗を持つ方がいますが、適切に使用すると痛みを和らげて副作用を少なくすることができますので、必要に応じて躊躇せずに使うことが大切です。内服が難しい場合には、貼り薬や注射薬を使用することができます。

骨転移がある場合にも痛みで困ることがよくあります。特に骨転移による痛みでは、骨修飾薬や放射線治療が有効です。それの治療を行っても疼痛が残る場合にはオピオイドの使用を検討します。痛みの程度を医療者に伝える時にはスケールを用いると便利でわかりやすいです。10が想像できる最大の痛み、0が痛みなしとして 0~10までの11段階に分けて、現在の痛みがどの程度であるのかを数字で表して記録し、診察時に伝えてください。

リンパ節に転移している場合や手術でリンパ節を摘出している場合にはリンパ浮腫(難治性のむくみ)が生じます。リンパ浮腫に対しては弾性ストッキングを着用したりマッサージを行ったりすることで症状を和らげることができます。このような治療には専門的な知識や技術が必要です。近年、リンパ浮腫を専門に診療を行っている看護師が増えています。リンパ浮腫は重症化する前に早期発見し治療介入することで改善が見込めます。気になる症状が出現したら早めに医療者に相談しましょう。

肺に腫瘍があると息が苦しく感じたり、咳や痰が出たりします。このような息苦しさや咳を和らげることができる医療用麻薬があります。胸水がたくさん貯まっている場合には、水を抜いて対処することができます。

肝臓や腹膜に腫瘍があると腫瘍が大きくなることによってお腹が張って苦しくなることがよくあります。お腹が痛いときには我慢せずに鎮痛剤を使いましょう。痛みが取れない場合には医療用麻薬を用いることも可能です。腹水が溜まっている場合には必要に応じて、腹水を抜いてお腹の苦しさを和らげることができます。

脳に腫瘍があるとけいれんや麻痺を起こすことがあります。放射線治療を行って腫瘍が大きくならないようにします。脳の浮腫を取ったり、けいれんを予防したりする薬剤があり、それらを用いて症状コントロールを行います。

死期が近い兆候 - 卵巣がん

死期が近い兆候 - 卵巣がん

お亡くなりになる1週間前頃になるとだんだんと眠っている時間が長くなります。意識レベルが少しずつ低下していき、お話ができる時間が短くなっていきます。嚥下(えんげ、飲み込むこと)が難しくなるので、唾液をうまく飲み込めなくなり喉元でゴロゴロと音がすることもあります。呼吸のリズムが不規則になったり、肩や顎で呼吸をするようになったりします。循環不全となり血圧がだんだんと下がっていきます。このため手足の先が冷たくなったり、色が青くなったりします。尿の量は少しずつ減っていき最期には尿はほとんど出なくなります。

ケアのコツ(要所) - 卵巣がん

ケアのコツ(要所) - 卵巣がん

がんの患者さんでは、お元気にされていても次の日には急に体調が悪くなって動けなくなる方が多くおられます。今までできていたことが急にできなくなってしまい落ち込んでしまうかもしれません。周りの方も患者さんの急激な変化に、心が追い付いていかないことがよくあります。不安や悲しみを感じることが多いと思います。このような気持ちのつらさについても医療者に言うことで和らぎますので、遠慮なくお伝えください。

どのような症状が出てくるのかは転移している臓器によってある程度の予測はできます。組織型によって進行するスピードはある程度予測できます。ご自身の病状については主治医からあらかじめ聞いておきましょう。ただ症状の程度は個人差がかなり大きいため、それぞれの患者さんの状態に合わせて治療を行います。気になる症状があれば、遠慮せず医療者に伝えましょう。家族の方は、ご本人の様子を観察し症状の変化を記録して医療者にお伝えください。

全身の状態が悪化している患者さんにおいて心臓や呼吸が止まった場合には、心臓マッサージや人工呼吸などの心肺蘇生を行っても元気に回復される見込みは低いです。むしろこの心肺蘇生処置が、ご本人にとっては苦痛になりますのでおすすめできません。心臓の停止や呼吸の停止が起きた時の対応については、前もって主治医と話し合って方針を決めておきましょう。

鎮痛, 鎮静 - 卵巣がん

鎮痛, 鎮静 - 卵巣がん

いろいろなお薬を使っても、ご本人の痛みやしんどさが残ってしまうことがあります。このような場合には点滴での睡眠薬を使って眠ってもらい、苦しくない状況をつくることができます。薬剤を用いて眠ってもらうことを「鎮静」といいます。最期のときが近付いていることを示していますが、鎮静をすることで命の時間が短くなるわけではありません。ご本人の希望や置かれている状況に応じて、鎮静を行うことを躊躇しないことが必要です。医療者とよく話し合い納得した上で鎮静を開始することが大事ですが、時間的な猶予はあまりありませんので早い決断を求められることになります。

鎮静を開始した後は、眠っておられる表情や体を動かすかどうかを観察してください。眉間にしわがよっていたり、体をよく動かしたりされる場合にはまだしんどさが残っている可能性があります。このような場合には医療者に相談して鎮静のお薬を調整してもらうようにしましょう。

最後に - 卵巣がん

最後に - 卵巣がん

卵巣がんが進行している場合には、残念ながらご本人に残されている時間は限られています。限られた時間を有意義に過ごせるようにすることが大切です。医療者をうまく頼って症状コントロールを行いご自分の好きなことをして過ごして頂きたいです。残念ながら病気は進んでいくので、それに伴い体力は低下していってしまいます。十分に動けるうちに大切な方に会ったり、思い出の場所へ旅行したりして、やりたいことをしっかりやって心残りがないような日々を過ごしましょう。お仕事を続けたい場合には、お仕事のやりかたを工夫すれば続けることができます。治療スケジュールについて主治医に相談したり、勤務内容を職場の方と相談したりしながらご自身の希望に一番近い方法を探しましょう。

ご自身が日々の暮らしをどのように過ごし、どのような最期を迎えたいのかは、卵巣がんが再発した時点から少しずつ話し合っていきましょう。ご自身の考えを家族や医療者と共有することで残された時間がより有意義になることと思います。

卵巣がん
病気経過終末期 Disease course and terminal stage.