認知症という病気は実は存在しません。認知症とは、認知機能障害をきたす様々な疾患の総称です。
認知症の症状は大きく分けて認知機能障害と行動心理症状があります。
認知機能障害とは、記憶力の低下や物事の認識など(認知機能)がうまくできなくなることです。
行動心理症状とは、認知機能障害に伴って起こる行動や心理の問題です。具体的には暴力や暴言、徘徊、介護や医療に対する拒絶、抑うつ、不安、幻覚、妄想、睡眠障害などがあります。
ご家族を悩ませるのは、行動心理症状であることが多いです。
ここでは、認知症の中で一番患者数が多いとされるアルツハイマー病について、どのような経過をたどるか解説いたします。
アルツハイマー病では、認知機能は正常から低下まで、グラデーションを描くように最初はゆっくりと進行していきます。そのため認知機能障害が軽度である場合、その時点での診断が難しいことがあります。
| [軽度] |
| 例えば結婚式のようなとても大切な予定を忘れる、初めて行く旅行先で明らかに問題が生じるなどの状態が正常と認知機能障害の境界状態です。 それに続き、買い物がうまくできないなどの症状が出現し始めます。冷蔵庫や戸棚などに置いているストックが分からなくなることで同じものばかりを買ってしまう、計算ができなくなるため高額紙幣でとりあえず支払うため財布の中に小銭が増えるなどが一つの着目点となります。(軽度) |
| [中等度] |
| 次第に適切な服を選ぶことができなくなり、定期的な入浴を忘れるなどの症状が見られます。また睡眠のリズムが著しく崩れるなどの睡眠障害が見られることがあります。この時点では、ご本人の認識はどうであれ、もう車の運転はできません。(中等度) |
| [やや高度] |
| その後、靴を左右間違えて履く、着替えの際に寝巻きの上に普段着を着るなど適切な着衣が行えなくなり、入浴、トイレ動作が一人で行えなくなり、尿失禁、便失禁が見られるようになります。(やや高度) |
| [高度] |
| 高度のアルツハイマー病では、会話が単語あるいは短いフレーズのみで構成されるようになり、次第にすべての応答が「はい」あるいは「いいえ」に固定されるようになります。その後に歩く能力が失われ、座ることもできなくなり、笑うことができなくなり、最期には首を支えることができなくなり、食べ物を認識し飲み込むこともできなくなります。 |
残念なことに、アルツハイマー病に対する薬剤は基本的に効果がありません。10人に1人程度、認知機能障害の進行がわずかに遅くなる人がいるという程度です。認知機能障害の進行を止めることは、残念ながら現在の医学ではできません。
ご家族にとって、認知機能を失っていく大切な方を見ることは、とても苦しいことだと思います。しかし、一番苦しいのは御本人ですので、どうか可能な限り、見守ってあげてください。受け流す、というのもご家族を守る大切な技術です。
行動心理症状はどこでみられるかというと軽度の段階で少しずつ見られるようになり、中等度でピークとなり、進行に伴い徐々に改善していき、高度になると見られなくなります。
行動心理症状は認知機能障害の自覚による焦りなどにより引き起こされると考えられており、ご本人とご家族を一番苦しめると言っても過言ではありません。
また認知症の薬剤を使用することで、行動心理症状が悪化することもあります。
一方で認知機能障害と異なり、行動心理症状にはいくつか有効な薬があります。なので、アルツハイマー病で医療機関を受診される場合には、ぜひ行動心理症状についてもご相談ください。
境界状態から高度のアルツハイマー病に至り亡くなるまでは15年程度と言われています。もちろんその経過中で誤嚥性肺炎など、他の疾患で亡くなる方も多くいらっしゃいます。行動心理症状のせいで不幸な事故が起きて、亡くなってしまうこともあります。
認知機能障害と行動心理症状だけでは介護保険で十分な支援を得ることが難しいので、特に身体機能が保たれている軽度から高度のアルツハイマー病においてご家族の介護負担はとても重くなります。その時期でも、どうか必ず医療機関、地域包括支援センターと関わりを持ち続けてください。使えるものはそこにあります。介護を家族だけで抱え込まないことが、いちばん大切なこととなります。
