大腸がん患者のための化学療法
分子標的薬
molecularly targeted drug
がん細胞が増殖・転移するために必要な特定の分子(タンパク質や遺伝子)だけを狙い撃ちする薬剤で、標的となる分子を持たないがんには効果が無いため、使用する前に遺伝子検査を行う必要があります。
がん細胞が持つ特有の「目印」を見つけピンポイントで攻撃するため、正常な細胞へのダメージが少なく、脱毛や強い吐き気といった副作用が起こりにくいのが特徴で、この分子標的薬の登場により、大腸がんの治療は、「どのがんにも同じ薬」という時代から、「がんの個性(遺伝子変異など)」に合わせて最適な薬を選ぶ」という時代へと大きく変化しました。
分子標的薬は作用する標的によって「抗VEGF抗体(血管新生阻害薬)」「抗EGFR抗体」「マルチキナーゼ阻害薬」「BRAF阻害薬」「HER2阻害薬」など複数の種類があります。
【分子標的薬の種類】
抗VEGF抗体(血管新生阻害薬)
がん細胞が大きくなるために自ら新しい血管(新生血管)を作る働きを阻害する薬剤で、一定のがん遺伝子変異に関わらず多くの大腸がん患者さんに使用でき、細胞障害性抗がん剤と組み合わせて使われることが多いです。
抗EGFR抗体
この薬剤を使用するにはまず「RAS遺伝子検査」を行い、「RAS遺伝子」に変異がない(野生型)のタイプのがんのみに使用ができ、がん細胞の増殖スイッチ(EGFR上皮成長因子受容体)」を直接ブロックし増殖を止める薬剤になります。
マルチキナーゼ阻害薬
がん細胞の増殖や、がんが栄養をもらうための新しい血管(血管新生)に関わる複数のキナーゼ(※3)の働きを同時に阻害する薬剤です。
BRAF阻害薬
近年ではさらにがんの遺伝子情報に基づいた治療が進んでおり、「BRAFV600E」という遺伝子変異があるがん(大腸がんの数%)に対して、エンコラフェニブ(ビラフトビ)を抗EGFR抗体と併用して使います。
HER2阻害薬
「HER2」というタンパク質が過剰に発現しているがん(大腸がんの数%)に対して、トラスツズマブ(ハーセプチン)やペルスツマブ(パ―ジェタ)などを組み合わせた治療が行われます。
※3:キナーゼ
細胞に「仕事を始めなさい!」と命令を出すスイッチのことをいいます。

【田中先生からのアドバイス】
分子標的薬(ベバシズマブなど)による副作用としては、食欲の低下、吐き気、下痢といった消化器症状のほか、鼻血や歯ぐきからの出血、手足のしびれ(末梢神経障害)などがみられることがあります。
また、まれではありますが注意が必要な副作用として、消化管穿孔:(腸や胃に穴があく状態)、血栓症(脳梗塞や肺塞栓など)、間質性肺炎(※4)、インフュージョンリアクション(投与直後に起こるアレルギー反応で、息苦しさ・吐き気・発疹などが出ること)があります。
私の経験でも、大腸がんの患者さんでベバシズマブ投与中に強い腹痛を訴えて来院され、検査の結果、消化管穿孔を起こしていたケースがありました。
強い腹痛や息苦しさなど普段と違う症状があれば、自己判断せず、すぐに通院中の病院に相談することが大切です。
※4:間質性肺炎
肺の肺胞の壁(間質)に炎症が起こり、その部分が硬く厚くなる病気のことをいいます。
免疫チェックポイント阻害薬
immune checkpoint inhibitor
私たちの体の中では、T細胞という免疫細胞が常にがん細胞などの異物を見つけて攻撃をしていますが、がん細胞はこのT細胞に対して「私は敵ではありませんよ」という偽の信号を送り、T細胞の働きにブレーキをかけてしまいます。免疫チェックポイント阻害薬は、このブレーキを「解除」し、本来の力を取り戻し、がん細胞を再び認識し総攻撃をかけることができるようにする薬です。
しかし全ての大腸がんに効くわけではなく、「MSI検査」という遺伝子検査を行い、「MSI-High(マイクロサテライト不安定性-高)」という特殊なタイプのがんのみ使用できる薬剤で、このタイプの大腸がんは全体の3~5%程度ですが、進行・再発した場合でも根治や長期生存が期待できるケースもあります。
【主な副作用】
皮膚症状(皮疹、かゆみ)、消化器症状(下痢、大腸炎)、甲状腺機能の異常、下垂体炎などの内分泌障害、肝機能障害、間質性肺炎(頻度は稀ですが重篤になることがある)など、自己免疫疾患(※5)に似た症状が現れるのが特徴です。
【代表的な薬剤】
・ ペムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)
・ ニボルマブ(商品名:オプジーポ)
・ イピリムマブ(商品名:ヤーボイ)
※5:自己免疫疾患
体本来の免疫機能が、誤って自身の正常な細胞や組織を攻撃してしまう病気の総称を言います。

【田中先生からのアドバイス】
免疫チェックポイント阻害薬は、「MSI-H/TMB-H」といった遺伝子検査で適応がある場合に、切除できない進行・再発大腸がんに使用されます。大腸がん全体の3〜5%の患者さんが対象となります。大腸がんで主に用いられる免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブ、ニボルブマブなど)の副作用には、皮膚障害、下痢、大腸炎、間質性肺炎、肝機能障害、ホルモン分泌異常、1型糖尿病、神経系障害などがあります。
これらの副作用は、治療終了後も数か月から1年以上経ってから現れることもあります。治療の適応や具体的な注意点については、主治医から説明があります。疑問点や不安なことがあれば、遠慮せずに相談してください。
副作用に対する支持療法
化学療法は、がん細胞だけでなく正常な細胞にもダメージを与えてしまうため、吐き気、下痢、口内炎、白血球の減少といった副作用が起こります。これらの副作用が辛いと、治療の継続が困難になり、生活の質(QOL)が著しく低下してしまうため、様々な副作用や苦痛を予防し、和らげるための治療やケア(支持療法)を行います。
ここでは、大腸がんの化学療法でよく見られる副作用と、代表的な支持療法を表にまとめてお伝えします。
【大腸がんの化学療法で見られる副作用と代表的な支持療法】
吐き気・嘔吐 | 作用の異なる数種類の強力な吐き気止め(制吐剤)を、化学療法が始まる「前」に点滴や内服で予防的に使います。 |
下痢 | 下痢止め(止痢剤)の内服が基本となり、重症の場合は点滴で水分や電解質を補給し、入院が必要になるケースもあります。 |
口内炎 | 痛みに対しては、痛み止めの成分が入ったうがい薬や塗り薬が処方され、炎症を抑えるためのステロイド軟膏などが使われることもあります。 |
骨髄抑制 (白血球・好中球の減少) | 白血球が一定以下に減少すると、感染症のリスクが非常に高くなるため、化学療法の翌日以降に、白血球を増やす皮下注射(G-CSF製剤)を数日間行います。 |
末梢神経障害 (手足のしびれ) | しびれや痛みを和らげるためにビタミン剤や痛み止めの薬(神経障害性疼痛治療薬)などが使われますが、症状が強い場合は、化学療法の量を減らしたり、一時的に休薬することが最も有効な対策となります。 |

【田中先生からのアドバイス】
化学療法を中止・延期・減量するかどうかは、来院当日の血液検査(白血球数や血小板数、肝機能・腎機能の値など)や、手足のしびれ(神経障害)、下痢、口内炎などの症状を総合的に見て、一定の基準に基づいて判断されます。
治療を安全に続けることが最も大切です。体調の変化やつらい症状があるときは、遠慮せずに主治医に相談してください。
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