私の看取り体験談 ~ 看取った家族の物語り ~ Last Shirahama Trip and Sushi
Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
もっと伝えたかったありがとう。ずっとかっこよかった私の兄。

もっと伝えたかったありがとう。ずっとかっこよかった私の兄。

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
まるちゃん さん (女性)
33歳 フリーライター、主婦 鹿児島
看取られた方
brother
享年 35歳
主な疾患 がん
闘病期間 3年 0ヶ月
最期を迎えた場所 自宅

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか

兄は地元を離れ遠方で暮らしておりました。


私は地元で小さい子供もいるため、簡単に身動きが取れなかったので、テレビ電話を使用しての看取りでした。私以外の兄弟と両親、兄の家族がその場にいて、私は画面上で兄の様子を見守る形でした。


旅立った後は悔しさや悲しさ、もどかしさと、もう楽になれるねという安堵感の入り混じった複雑な気持ちでした。あの場にいた全員が同じ気持ちだったと思います。


兄とは全く会えなかったという訳ではなく、亡くなる2週間前に「会いに来てほしい」と連絡がきたので子供たちと兄の家まで行き、会っていました。そして両親に子供たちを預け、兄弟だけでカフェに行き話をしました。


小さい頃は毎日一緒に遊んで過ごしていたのに、大人になってからこんな風に一緒に出掛けたのは、15年間で5回もなかったと思います。


病気になる前にも地元に帰省する機会はあったのですが、照れくささもあり会話をしたり出掛けたりすることに気が乗りませんでした。


今となってはもっといろいろと会話をしておくべきだった、一緒に思い出をもっと作っていたらよかったと思います。


思い返すと、帰省してきた兄が急に太っていたり、次の帰省では痩せていたりと違和感はあったのですが、気のせいかと思い本人に深く聞いたりしませんでした。


様子の変化や違和感があれば、病院にすぐ行けとまでは言わなくても、一言急に変わったけど大丈夫?」くらいは伝えていてもよかったのかもしれません。


(実はそのくらいの時期に、兄は友人に血便が出ているという話をしていたそうですが、心配かけるといけないから家族には黙っていてと言っていたそうです)


なのでどんなに小さな違和感も見逃さずに、本人も黙っていることもありますのでこちらから声をかけるということが必要なのだと思いました。


カフェで兄弟だけで話したとき「自分はもうあともって半年くらいだ、これで会うのは恐らく最後になる、こんな形でなにもしてやれることもなく申し訳なく思っている、お父さんとお母さんを頼んだ」というような話をされました。


そんな話は聞きたくなかったのですが、辛く苦しい治療をずっと耐えてきている兄に「もっと頑張ろう」とか「そんなこと言わないで」とか軽々しく言うこともできず、なるべく笑顔で話そうと努めている本人の前で泣きわめくこともできず、ただ「わかった」と頷くことしか私にはできませんでした。


ただただ一緒にいる間はありがとうの言葉だけは多く伝えるようにしました。


それからわずか2週間で兄は旅立ってしまいました。最後の日は、たまに起き上がって水分をとったり、家族や会いに来てくれた友人と会話をしたりしていました。


夕方、疲れたから横になると言ったきりなかなか起き上がってこず、家族が様子を覗き込んだ時にはせん妄状態になっていたそうです。そのときに私に電話が掛かってきました。


意識がなく呼びかけにも応答せず、目が横を向いたり上を向いたりとせわしなく動いていました。


私は驚いてしまい体が震え、最初は電話越しに「どうしよう、兄が死んでしまう」と、うろたえることしかできませんでした。


しかし何か伝えなくてはと思い、「頑張ったね、本当によく頑張ったね。ありがとう。」と泣きながら話していました。兄は亡くなる直前に奥さんの方を向き「頼む!頼む!」と言葉を遺しました。


何を伝えたかったのか、その真意はわかりませんが兄にはまだ小さい子供たちがいるのできっと子供たちのことでしょう。最後まで家族思いであった兄は、大事な家族に囲まれて旅立ちました。

ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he

小さい頃はとにかくやんちゃで活発で、変なところで臆病な面もありました。


私が良いものを持っていれば兄に取られることもありましたが、田舎で遊び相手が少なかった私はそれでも一緒に遊んでもらえることが嬉しかったです(笑)。


大人になってからは口数が減り寡黙になって、何を考えているのかわからない面もありましたが、ずっと共通していたのは私のことをしっかりと守ろうとしてくれていたところです。


子供のころ兄の同級生に私が意地悪をされたらすぐに仕返しをしにいってくれました。社会人になって私の彼氏に会う機会があれば、大事にしてくれと伝えてくれました。


私にとって、家族思いでとても強くてかっこいい兄でした。

病気はどんな経過を辿りましたか How did the disease progress

病気が発覚したのは亡くなる3年前です。


お腹の痛み、下痢や便秘を繰り返し、血便が出てから病院で検査をし、発覚した時にはすでにステージ4でした。


すぐに手術をしたのですがあけてみると肺にも転移が見られ、血管の近くだったので手術で取り除くことが難しく、放射線や投薬での治療を開始しました。


治療中の2年間、入退院を繰り返しているうちに髪は抜けて体は瘦せ、肌は荒れ、痛くてつらいと言っており、肌に触れられるだけで痛みがあるとのことでした。


最初の1年が一番ひどかったように思います。治療も進行を抑えることしかできず、肺から肝臓に転移し、治すことは難しいと告げられました。


苦しい治療を続けて進行を遅らせるより、動けるときに動きたいという本人の希望により、亡くなる3カ月前に治療をやめました。


その後、自宅で過ごしていましたが日に日に黄疸が強くなり、足がパンパンにむくみ、食欲がなくなっていきました。亡くなる直前はほとんど食事ができていなかったと思います。

やってよかったこと What are you glad you did?

私は遠方に住んでいたこともあり、いろいろしてあげられるわけではなかったのですが少しでも家族で楽しんでくれたらと、趣味である手作りスイーツを1カ月に一度送っていました。


市販のものだとカロリーや添加物など、いろいろ気になることもあるかと思ったのでなるべく体に負担のかからない食材を選び、手作りをするようにしていました。


兄だけではなく兄の家族も喜んでくれて、兄を支えてくれる奥さんともやりとりのきっかけになりました。


それと兄の家に遊びに行った時には、なるべく兄の負担にならないように兄の子供たちを遊びに連れて行ったりしました。(子どもの声が多少なり身体に響いて眠れなかったりしたそうです。)奥さんと2人での時間を過ごしてもらうこともできたのでよかったかなと思います。


やはり小さな子供のいる家庭だとどうしても奥さんに負担がいってしまうので、兄自身もとてもそこを気にしていました。奥さんの手助けに少し気を遣ってあげるといい気がします。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did

病気が発覚してからは、現実を受け入れなくてはいけない、けれど治ってほしいしきっと治る、の気持ちが強すぎて、今この瞬間の時間をもっと大切にすることから逃避していたような気がします。


もちろん病気が治ることがいちばんですしそれを信じる気持ちもとても大事なのですが、きっと治ると思いすぎて、もっと伝えなくてはいけないことを早いうちから伝えられませんでした。


頑張ってとかきっと大丈夫だよとは言えませんが「今、この瞬間生きていてくれてありがとう」「今一緒に過ごせることが嬉しい」など、「今」ありがとうの気持ちをきちんと伝えることができていたら、もっと違う気持ちで接することができたのではないか、もっとたくさん話すことができたのではないかと後悔しています。


それと、亡くなった後のことを本人と確認できていない点がありました。


(地元が離れているのでお墓はどうするかなど)死後の話はあまりしたくない方がほとんどかとは思います。特に末期が近くなると、あまりそんな話はしたくないと本人も言い出すので、生きていることは大前提として、万が一の場合どうするかと早くから本人と話し合っておくことをするべきだったと思います。

もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this

闘病中の期間がコロナ禍だったこともあり、病院で隔離されて、入院中に家族と会えないことが多かったそうです。


闘病中に家族に会えないことが何よりもストレスだった、それが入院したくない要因の一つだったという話を聞いているので、医療現場の大変さや感染症への不安もわかりますが、隔離するだけで終わらずに何か対策できることはなかったのかなと思ってしまうことがありました。


忙しい中一生懸命対応してくださった医療機関の方々へは感謝しております。


それから、10代でも20代でも、数年に一度はがん検診を受けるような制度が整えばいいなと思いました。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families

私は妹として兄を看取った立場なのでそんなに多くないケースなのかもしれませんが、どんな立場でも、亡くなってしまう家族へ感謝の気持ちや伝えたいことがしっかりと伝えることができなかったりすると、後悔が残ってしまうのかなと思いました。


きっと思い通りにいかずにイライラしてしまったり、悲しい気持ちになることがたくさんあると思いますが、今、ありがとうの感謝の気持ちをたくさん伝えてほしいです。


その瞬間は本当に突然やってきます。そして、どんなに心の準備をしているつもりでも旅立たれた後は喪失感や悲しい気持ちからなかなか抜け出すことができないと思います。


しかし、抜け出す必要も乗り越える必要もありません。1日1日泣きながらでもいいから、悲しんだり苦しんだりしている自分を否定しないで受け入れてあげてください。自分と一緒に並走していってください。


悲しんでいる自分を無理に乗り越えていこうとすると、もっと苦しくなります。悲しんだっていいし、起き上がることが辛くたって誰も責めません。


責めるのは大抵自分自身なので、自分のための時間を過ごしてください。そして自分を受け入れたら、旅立たれた方のことをゆっくり思い出してください。


その方が旅立たれたことがご自身の人生にとってどんな意味があったのか、その方と出会って自分はどう生きてこられたのか、旅立たれた方がどんな使命を持たれていたのかと、その方が生きていたことに何らかの意味を見出してほしいです。


旅立たれたその方に心配を掛けすぎないように、ゆっくりゆっくり前を向いていきましょう。

旅立ったご本人へのメッセージ A message to the person who has departed

健ちゃんへ。


なんでその若さで貴方が旅立たなくてはいけなかったのか、だれにもわかりません。


きっと仕事にまじめに取り組む貴方だから、神様が手伝ってほしかったのかもしれないね。


兄弟として、もっと一緒に時間を過ごしたかったしもっと素直に妹らしく甘えたかったです(笑)いつまた会えるかはわからないけど、また会ったときは案内してね。


これからも頼れる兄として、私のことを見守っていてください。


ありがとう。