私の看取り体験談 ~ 看取った家族の物語り ~ Last Shirahama Trip and Sushi
Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
病気の進行を受け入れて生きていく

病気の進行を受け入れて生きていく

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
ごんごん さん (女性)
34歳 介護福祉士 山形県
看取られた方
認知症グループホーム入居者
Dementia group home resident
享年 77歳
主な疾患 認知症/パーキンソン病
闘病期間 0年 0ヶ月
最期を迎えた場所 施設

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか

加藤さん(仮名)はご友人が多く、ご友人と旅行に行ったり民謡を趣味とされ、活発な性格だったそうです。入居者された際はすでにパーキンソン病の症状が出ており、運動障害があってあまり身体の自由が効かない感じに見受けられました。


過去の過ごし方を聞き、賑やかなことが好きなのかな?と思いました。しかし身体が思うように動かなかったり言葉が出なかったりと、ご家族いわく以前とは全く別人のようだと言われていました。それでも旅行の話や民謡の話題を振ると「そうだね」と単語ですが返答されることもあり、たまに笑顔も見られました。


私たちも手探りで話題やできることを見つけていました。パーキンソン病の症状である動作緩慢と歩行困難が見られ、前傾姿勢でゆっくりやっと進むという感じでした。自分の思うようにも身体が動かないようで、歩く動作一つにしても足が前に出なかったり右にあるトイレに行きたいのにどんどん前に進んで行ったりとなかなか対応も大変でした。


本人もそれがわかるのでイライラしているようで声を荒げることもありました。歩行が不安定で転倒も増えてきたため、外に出る際は付き添いや見守りをしていたのですが、他の入居者の面会や通院などがあると玄関に向かってフラッと外に出てしまうことが増えました。


散歩に行きたいのかな?外が気になるのかな?と思い外にお誘いするのですが、どうやら私は相性が悪かったようで「付いてくるな!」と突き放されてしまいます。身体がうまく動かない苛立ちと、私のような若者にそれを指摘されて介護されることが嫌だったのかもしれません。


黙って一緒に散歩することもありました。柿の木を見つけて、採ってあげると喜んでグループホーム(GH)に持ち帰ることもありました。パーキンソン病の進行に伴い転倒が増え、ベッドからマットレスのみになりました。認知症もあり、ベッドの上に上がってフラフラとしていることもあったからです。


マットレスになったものの、そこから転がるように降りて四つん這いのまま動けなくなっていることが多くありました。その状態になると身体の筋肉が硬直してしまい、介助では動かせないですし、本人に言っても指示が入らないため、そのまま失禁、失便、ということもありました。本人もとても切なそうにしていましたが、それでもなお起き上がることができないため時間をかけてゆっくり介助で立ってもらったりしていました。


その後、夜間も不眠になり徘徊が始まりました。GH内では自由に動いてもらって構わないのですが玄関ドアをガチャガチャと大きな音を立てたり他の入居者の居室へ入ってしまったりするため目が離せない状態が続きました。


関わりすぎても怒らせてしまうので、なかなか距離感が難しかったです。入浴も指示が入らなくなり、本人もお風呂には入りたいのに入れない苛立ちでやはり大声を出してしまいます。しかし入浴後は「ありがとね」と感謝の言葉が聞かれて、こちらも嬉しい気持ちになりました。


また、居室担当の職員にはとても懐いていました。声かけに「はい」と返事をされ、指示は通らないのですが怒ることはありません。「なんで私にそんなに優しくするの?」と涙を流されている場面も見たことがありました。


まだ70代。本当はご友人やご家族と好きなことをして過ごしたいのに病気の進行のせいでうまく動かない自分の身体に苛立ち、それを介護してもらっていることに悔しさや申し訳なさや情けなさや、きっといろんな感情が入り混じっていたのだと思います。その涙を見たとき、私は、もっと加藤さんの気持ちに寄り添ったケアをしなければいけないと強く思いました。


加藤さんはだんだんと歩行ができなくなり車椅子になり、自力で食事ができなくなり介助が必要になりました、嚥下も困難になり食事量が減って痩せていきました。ご家族はたくさん面会に来てくださり、いつも笑顔でお孫さんも賑やかにされていて居室は華やかな雰囲気でした。


その後、食事が摂れなくなり、加藤さんは亡くなってしまいました。

ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he

加藤さんはご友人が多く、ご友人と旅行に行ったり民謡を趣味とされ、活発な性格だったそうです。入居者された際はすでにパーキンソン病の症状が出ており、運動障害があってあまり身体の自由が効かない感じに見受けられました。


過去の過ごし方を聞き、賑やかなことが好きなのかな?と思いましたが身体が思うように動かなかったり言葉が出なかったりと、ご家族いわく以前とは全く別人のようだと言われていました。


それでも旅行の話や民謡の話題を振ると「そうだね」と単語ですが返答されることもあり、たまに笑顔も見られました。私たちも手探りで話題やできることを見つけていました。

病気はどんな経過を辿りましたか How did the disease progress

パーキンソン病の症状である、動作緩慢と歩行困難が見られ、前傾姿勢でゆっくりやっと進むという感じでした。自分の思うようにも身体が動かないようで、歩く動作一つにしても足が前に出なかったり右にあるトイレに行きたいのにどんどん前に進んで行ったりとなかなか対応も大変でした。


歩行が不安定で転倒も増えてきたため、外に出る際は付き添いや見守りをしていたのですが他の入居者の面会や通院などがあると玄関に向かって行きフラッと外に出てしまうことが増えました。


パーキンソン病の進行に伴い転倒が増え、ベッドからマットレスのみになりました。認知症もあり、ベッドの上に上がってフラフラとしていることもあったからです。マットレスになったものの、そこから転げるように降りて四つん這いのまま動けなくなっていることが多くありました。


その状態になると身体の筋肉が硬直してしまい、介助では動かせないですし、本人に言っても指示が入らずそのまま失禁、失便、ということもありました。本人もとても切なそうにしていましたが、それでもなお起き上がることができないため時間をかけてゆっくり介助で立ってもらったりしていました。


その後、夜間も不眠になり徘徊が始まりました。GH内では自由に動いてもらって構わないのですが玄関ドアをガチャガチャと大きな音を立てたり他の入居者の居室へ入ってしまったりするため目が離せない状態が続きました。加藤さんはだんだんと歩行ができなくなり車椅子になり、自力で食事ができなくなり介助が必要になりました。


嚥下も困難になり食事量が減って痩せていきました。ご家族はたくさん面会に来てくださり、いつも笑顔でお孫さんも賑やかにされていて居室は華やかな雰囲気でした。その後、食事が摂れなくなり、加藤さんは亡くなってしまいました。

やってよかったこと What are you glad you did?

歩行が不安定でも可能なうちは、見守りや手引き歩行でたくさん散歩やドライブ、買い物に行きました。言葉が出てこない方だったので他の入居者との輪に入るのは職員が仲介し、レクリエーションなどを行っていました。


歩行が困難になってからも、車椅子であちこち出かけていろんな刺激があったと思います。賑やかな雰囲気が好きな方だったので、できる範囲でみなさんとワイワイできたことはよかったかなと思います。ご家族がたくさん面会に来てくださったり、ご友人に会われたことも加藤さんにとっては嬉しかったのではないかと思います。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did

職員との相性があったり、その日の調子で指示が入りやすかったり、指示が全く入らず全介助だったりしたため、できれば相性の良い職員とたくさん関われた方が安心して過ごせたかなと思います。


他の入居者もいらっしゃるので特別扱いはできないですが、病気の進行が早く、できないことがどんどん増えて行ってしまい本人も葛藤があったと思います。残された時間で悩みの少ない日々を過ごせるようなケアが統一してできていたかなと少し反省です。


特に私とは相性が悪くとても悩みました。他の職員からは若い人に介護をされることに抵抗があるのではと言われました。もし本当にそうだったとしたら関わらない方が良かったのかと今でも考えます。それでも笑顔が見られることもありましたし、感謝の言葉を聞けることもありました、言いやすかったのがたまたま私だったのかな?と思いたいです。

もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this

若いせいか病気の進行が本当に早かったです。他の入居者はわりと身体が元気で認知症の症状のみという方が多かったため、身体が不自由な加藤さんは他の入居者からすると少し異様に見えたようです。


そのためトラブルもあり、職員が仲介していました。加藤さんは仲良くしたい、だけど周りからは異様な目で見られてしまう、という負のループをなんとかして対応できるようにもっと私たちも学びを深めないとだなと思いました。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families

加藤さんは77歳という若さで亡くなりました。入居してからあっという間でした。パーキンソン病の進行は人それぞれだと思いますが、早い人はとても早いです。表情が乏しくなり、言葉が出なくなり、歩けなくなり、食べられなくなり、弱って亡くなってしまいます。


診断された時点で「まだ大丈夫だろう」ではなく、たくさんご家族との思い出をつくってください。病気が進行してしまうとできることが限られてきてしまいます。親しい友人との思い出も大切にしましょう。


加藤さんは写真をたくさん見せてくださり、やはり元気だった頃が懐かしいようでした。楽しかった思い出を語るのも楽しみですし、これからできる限りの範囲で思い出を更新していくのもいいと思います。


本人の前で「なんでできないの」とか「昔はできたじゃん」「頑張ればできるよ」などの軽はずみな言葉はかけない方がいいと思います。本人が1番よくわかっていて、悔しい思いをしています。本当は自分で好きなように動きたいし、身の回りのこともしたいと思っているはずです。


気持ちと身体が伴わないのは辛いですよね。その気持ちに寄り添って、一緒の時間を大切にしてあげてください。あと、悲しい顔も見せない方がいいと思います。ずっと明るい家族といた方がきっと幸せだと思いますよ。

旅立ったご本人へのメッセージ A message to the person who has departed

加藤さん、闘病生活お疲れ様でした。よく頑張りましたね。頭で思っていることと身体が伴わないのはすごくもどかしいし、悔しい思いや悲しい思いもたくさんしたと思います。私に動作のアドバイスをされてムカついたと思いますが、私はきっと加藤さんだって怒鳴り声なんて出したくなかったんだと思ってます。


でも、逆に私にだけ弱音を吐けたのだとしたらそれはそれで嬉しいです。感情はどんどん出していいんですよ。本当に頑張ったと思います。ご家族、ご友人にとても愛されていて幸せでしたね。いつも賑やかなご家族で、加藤さんの笑顔が忘れられません。


病気になる前の加藤さんの人柄がよくわかります。天国でご友人と旅行話に花を咲かせたり、民謡を楽しんでください。たくさんの経験をありがとうございました。