私の看取り体験談 ~ 看取った家族の物語り ~ Last Shirahama Trip and Sushi
Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
後悔のない人生 ~亡き母と共に~

後悔のない人生 ~亡き母と共に~

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
中井さちこ さん (女性)
59歳 パート 兵庫県
看取られた方
mother
享年 70歳
主な疾患 胆管がん
闘病期間 2年 0ヶ月
最期を迎えた場所 病院

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか



総合病院での治療が困難だと理解した母は自らホスピスへの転院を希望しました。


2ヶ月という短い時間でしたが1年分ぐらいの充実した時間を過ごすことができました。亡くなる2週間前から私は毎日24時間母と一緒に過ごしました。


母は幻覚を見るようになってきました。夜中に朝食を作るから冷蔵庫から玉子を出してほしいとか、韓国に旅行に来ているのでお土産は何にしようと選んでみたりとか。不思議でした。目を閉じているのに手振り素振りで説明をしていました。


数日後、徐々に幻覚もなくなり癌の痛みに苦しむ母を見て、もう楽にしてあげようと決断し、叔父叔母に相談して理解してもらい医師にモルヒネ治療をお願いしました。


治療を始めて一週間後、医院長が病室に来られ眠っている母の側で「よく頑張りましたね」と囁かれました。私は母が今日旅立つんだと直感しました。


すぐに私は弟に連絡をして今夜は病室に泊まるように言いました。親戚も夜中に呼びました。


バイタルが下がってきました。看護士から最期まで耳は聞こえていますよと言われて息を引き取るその時まで皆で声をかけました。そして医師が声をかけてくれた翌日の明け方に母は息を引き取りました。最後は皆にありがとうと言っているかのような大きな呼吸をして旅立ちました。

ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he



明朗快活で男女関係なく友人が多く、困っている人を助けてあげられる性格でした。


学生時代は洋裁学校で勉学に勤しみ、とてもおとなしい性格だったと聞いております。身体の弱い父を支えながら一生懸命働いていました。


いつも友達みたいで何でも話すことができる心の広い母でした。調理士の免許も取得しており、料理もとても上手で皆が遠慮しながら食べなくていいようにと沢山の食事を作りご近所にも配っていました。行動力のある母でした。

病気はどんな経過を辿りました How did the disease progress



ずっと倦怠感があり尿の色も濃いことが気になり、個人病院で診察を受けたら十二指腸潰瘍と言われました。


尿は誰でも黄色いと言われて薬で様子を見ることになりました。しかし体調がなかなか良くならないので、無理矢理総合病院へ連れて行きました。


紹介状がないと検査はできないと言われたので、せめて血液検査と尿検査だけでもしてほしいとお願いしました。その結果、黄疸が出ているとわかりその場で即入院になりました。


そして胆管に腫瘍が見つかり細胞検査の結果、悪性で余命2ヶ月と言われました。その後腎臓まで転移していることがわかり、左の腎臓と胆管の腫瘍の摘出手術を受けて、奇跡とも言える回復で退院。


しかし数カ月後に肝臓への転移がわかり、服用の抗がん剤で治療をしました。


2年後、氷をよく食べるのでおかしいと思い、医師に相談しました。


医師には気にする事はないと言われましたが、その後急変して救急車で運ばれた時には白血球が通常よりかなり下がっていて肺にも水が溜まっていました。医師に謝られましたがもう治療も限界がきてしまい、母はホスピスに転院を決めました。

やってよかったこと What are you glad you did?



母に告知したことです。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did



母は病気の進行を恐れていたため定期的な検査を真面目に受けていませんでした。結果は一緒であったかもしれませんが違う治療法もあったのではないかと思います。


また、私が小学生の頃に胆石が見つかっており、それはすでに治療してるものだと思っていましたが、手術した際に胆石を摘出していない事がわかりました。もっと過去の病気について話しておくべきだったなと思いました。

もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this



大きな総合病院は待ち時間が長いので、少しでも近くてすぐに診てもらえる個人病院を選びがちですが、母のように個人病院では見落とすことがあります。


症状をしっかり把握して診察をしてもらいたいし、総合病院でも待ち時間を苦痛にさせないようナビコール等を取り入れて「病気を抱えた人が待つ」という観点にも目を向けてほしいです。誰もが総合病院に気軽に通院し早期発見できることを願います。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families



自分自身が納得いく方法を見つけることだと思います。


それが好きなものを食べさせてあげたい、話し相手になってあげたい、側にずっといてあげたい。方法は何でもかまわないと思います。


余命が短い方の時間は限られています。でも支えていく家族には、これからも沢山の時間があります。辛い時もありますが、今だけ、この時この瞬間だけしかご本人にはないんです。


自分が精一杯尽くしてあげることで、ご家族が亡くなられたあとに後悔は残らず進む事ができると思っています。


私がそうです。そしてそれが残された者に生きる勇気を与えてくれます。ご本人も納得して逝かれると思います。ご事情は様々です。


いま自分ができることを一生懸命してあげる。それが大切だと私は思います。

旅立ったご本人へのメッセージ A message to the person who has departed



お母さん、私はあなたに教わったこと、叱られたことを4人の子供達に伝えています。



夢の中で私を抱きしめ、新たな人生を送るきっかけをくれましたね。あの温もりは不思議と実感として私の中に残っています。



癌と分かり余命を宣告されてからの2年間、お互いに後悔なく過ごせましたね、二人で抱き合って泣いた日もありましたね。



でも、その時間のおかげで私は強くなりました。いつも前を向いて生きています。安心して空から見守っていてくださいね。