Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
父を亡くして

父を亡くして

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
キヨ さん (女性)
45歳 契約社員 愛知県
看取られた方
父
father
享年 79歳
主な疾患 前立腺がん
闘病期間 1年 3ヶ月
最期を迎えた場所 病院

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか

父を前立腺癌で亡くしました。


 

何度も入退院を繰り返して病院で亡くなりました。


 

私は家族とは遠方に住んで仕事をしており、コロナ禍という事もあり会う事が難しい状況でした。


 

私は、私が心配して仕事を辞めてでもすぐに帰ると言い出すのが嫌だったみたいで、他の家族に私には絶対言わないようにお願いしていたそうです。


 

私は癌になっていた事を緊急手術の時に兄から知らされました。父が望むことは私がいつも通り仕事をして、しっかりと生活をしていく事だと思い、離れていてもできる事を考えました。


 

私には入院中や自宅での療養中の父と、毎日何度もLINEや電話などで連絡をとることしかできませんでした。毎日何度も連絡をとる事は今までなかったのですが、毎日「今日はこんな事があったよ。」と写真を送りあっていました。それを楽しみにしていてくれ喜んでくれていたようです。


 

今までも父の日やクリスマスや誕生日にプレゼントを送っていたのですが、闘病中は病院でも使えるものを贈りました。それは入院中にも使ってくれて「これは使いやすいよ」「これがあると体楽だよ」と言ってくれていました。


 

た、闘病前に何気なく送ったビーズクッションがあったのですが、体が辛いときには楽だったようで気に入って使っていたそうです。


 

靴下を履くことも自分では困難な時もあったそうで、同居している1番下の孫が靴下を履かせてくれたのを嬉しそうに話していました。最後に入院した時には父は連絡をとることも難しい状態でした。


 

亡くなる前日の夕方に兄が病院へ行き、LINEのビデオ通話で顔を見て話す事ができました。顔は白く目もいつもと違いボーっと力がないのがわかりました。


 

私が明日にでも帰ると伝えると、弱くなった声で「大丈夫」「心配ない」「雪が降っている危ないから」と言っていました。


 

大雪の日だったので「天気いい日でいいよ」と言われ明後日に会いに帰る事を伝えると「待っているよ」「気を付けて帰っておいで」と言われました。


 

そして私は会いに帰る準備を始めました。その日の夜、就寝したのを看護師さんが確認、その後夜中の巡回時に亡くなっていました。

ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he

とても優しく穏やかで人を思いやる心があり、真面目で忍耐強い人でした。

 

そんな父ですが冗談を言ったり、いたずらが好きな面白い一面もありました。自分の事よりも娘の私が心配しないようにする父でした。友人や同僚、会社の方からの信頼も厚くたくさんの人に好かれ慕われていました。

病気はどんな経過を辿りましたか ow did the disease progress

体調が悪いと病院へ行き、最初は前立腺の軽い病気だと本人は言っていました。その2か月後に癌だと診断されたようです。

 

癌と診断されてから4か月後に下血し緊急手術が行われ、その後転院し抗癌剤治療を開始しました。抗癌剤治療は父の体にはきつい治療でした。

 

入院し抗癌剤治療を行い、退院したら下血し倒れてまた入院という事が3回ありました。病院から抗癌剤治療が合わなくて体の負担になっている。抗癌剤治療をしていたら余命が短くなる。と言われたそうです。

 

父も家族も体の負担を考え、また父の自宅へ帰りたいという思いが強かったので、抗癌剤治療は止め緩和ケアにすることに決め自宅へ戻りました。

 

緩和ケアでお世話になる病院を見つけ、そちらの病院でお願いすることになりました。緩和ケアをすることにし自宅へ帰って1か月しないうちに再び下血し入院しました。もうその頃にはLINEをするのも困難な状態でした。入院からちょうど1週間後の夜中に亡くなりました。

やってよかったこと What are you glad you did?

病気がわかってからは今まで以上に、毎日何度も連絡をとった事。

 

ビデオ通話で顔を見て話す事何度もした事。緩和ケアに切り替えた事。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did

会いに行けばよかった。会いたかった。

 

父の望みで仕事と生活をしっかりする事にしたけれど、何としても会いにいけばよかった。

 

父の入院した病院では、コロナ真っただ中には面会申請や他の地域から来た人は、面会までに1週間の経過観察が必要でした。退院して家に戻っている時に会いに帰ればよかった。もっと早く緩和ケアに切り替えていたら。

もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this

自由に面会ができていたらいいのに。会いに行けばよかった。

 

もっと早く抗癌剤治療を止め緩和ケアにしていたら違っていたのかも。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families

今はコロナが蔓延し始めた頃とは違い自由に移動できるようになりました。


 

会える機会があるのなら、何としてでも会いに行ってほしいです。会いに行くこと、してあげたい事を後悔のないようにしてほしいです。


 

本人の希望に沿って体に負担のない治療をしてほしいです。本人が痛みや辛い思いをしないで、少しでも快適に過ごせる事ができたらいいと思いました。

旅立ったご本人へのメッセージ A message to the person who has departed

お父さんへ

 

会いにいけずにごめんなさい。

 

いつも自分のことより私のこと気遣ってくれて、ありがとう。

 

今は好きなもの食べてお酒飲んで楽しく過ごしているのかな?お父さんはずっと心配していたけど、私はしっかりと生きていくね。

 

父さん大好きだよ。お父さんの子供で本当に幸せだよ。

 

ありがとう。