私の看取り体験談 ~ 看取った家族の物語り ~ Last Shirahama Trip and Sushi
Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
父であり母であった父へ

父であり母であった父へ

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
武原真衣 さん (女性)
31歳 看護師 福岡県
看取られた方
father
享年 66歳
主な疾患 脳出血
闘病期間 0年 6ヶ月
最期を迎えた場所 病院

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか

高齢化社会といわれる現代で、正直66歳という若さで父を看取る事になるとは思ってもいませんでした。今回父の看取りを通して、改めて命の尊さと儚さ感じました。そして、個人として家族としての人生のあり方を見つめ直す、よいきっかけとなりました。


私は父が倒れて4ヶ月程時間が経ってから、再会する事ができました。


倒れたと連絡がきた時は、「1日でも早く会いたい」と思っていたのに、なぜかその時は正直会う事が「怖い」という感情しかありませんでした。きっと私の中の父は、元気で優しく微笑んでくれる姿しか想像がつかず、病に伏している父の姿など想像できなかったからだと思います。


そしていざ父と再会した時、全身的に痩せ細り視線はどこに向いているのかわからず、両腕は曲げた状態で、両手を握りしめ胸の上に置いていました。右足は伸びきったままで、左足は膝が曲がったまま拘縮しているようでした。


そんな状態の父と再会した時、思わず涙が溢れました。覚悟はしていたものの、やはりそこには私の知っている父の姿はありませんでした。


動揺した気持ちを抑えきれないままでしたが、10分間という短い面会時間を無駄にしないよう、私はそっと父のベッドサイドへ歩み寄り、父の耳元で色々なお話しをしました。


長女が無事に1歳を迎えた事、次女も元気いっぱいに生まれ生後100日を迎えた事など誰よりも1番娘の成長を楽しみにしてくれていた父には、たくさん娘達の話をしました。そして、父の体に触れマッサージをしました。


父と触れ合う事で幼少期の頃の父との思い出が走馬灯のように蘇ってきました。幼い頃から海が大好きだった私。父はそんな私を休みの日にはよく海に連れて行ってくれました。


一緒にシーグラスを探したり、お魚釣りをしたり、水際で貝を拾ったり、そして何より青い空の下で海を眺めながら父の握ってくれたおにぎりを食べる事がすごく幸せでした。


幼い私や兄を抱っこしたり、ギュッと抱きしめてくれた筋肉質で太い腕、たくさん繋いだ大きな手。今では過去の面影もないくらいに痩せ細ってしまっていましたが、父への感謝の気持ちを込めながらマッサージをしました。


できる限り面会に訪れ、携帯電話で娘達の動画を見せてあげたり、日頃の様子をお話したりそれが今の私にできる最大限の親孝行だと思い、そんな日々を2ヶ月間ほど続けました。


そんなある日の正午頃、急変の連絡がありました。私が病院に到着した時には、すでに父の心臓は止まっていました。急変時に関しても救命処置等は一切希望せず、私達家族が到着するまでの酸素投与のみお願いしていました。


ベッドに横たわっている父はすごく優しい表情をしていて、穏やかに眠っているようでした。兄は旅立った父をみて大粒の涙を流しました。


父と兄は対立する事が多く、冷たく接してきた事をすごく後悔していたからです。だからこそ父が倒れてからというもの、少しでも親孝行ができたらと父のお世話は率先して兄がしてくれていました。


きっとその思いは父に届いていて、私には父と兄の間にあったわだかまりがすーっと解けていくように感じました。


兄も私も「父が元気だった頃に、もっとこうしてあげていればよかった」と後悔している事はたくさんあっても、今回の看取りに関しての後悔は全くありません。


看取りに関して正解などなく、看取りをする方の数だけの看取りの方法があって、本人また自分達家族にとって納得のいく、後悔のない選択こそが正解なのだと思いました。


旅立ってゆく人、残される家族、両者が幸せになれるように限られた時間を有意義に過ごす事が大切だと身を持って感じました。


ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he

私の父は私が0歳、兄が4歳の頃シングルファザーになりました。なぜかというと、精神疾患を患った母親が突然姿を消したからです。それからというもの、父はシングルファザーとして私と兄を男手ひとつで一生懸命育ててくれました。


どんなに仕事で疲れていても、ご飯は惣菜やレトルトに頼る事なく手作りでした。身に付ける衣服もキレイに洗濯しアイロンかけまでしてくれていました。


母親がいない事で、私や兄が辛い思いや悲しい思いをしないようにと、いつも全力で私達に最大限の愛情を注いでくれました。父親としての偉大さと、母親としての優しさを兼ね備えた素敵な人でした。

病気はどんな経過を辿りましたか How did the disease progress

3月3日寝室で唸り声をあげ横たわっている父の姿がありました。左半身は脱力しており、声かけにもまったく反応しませんでした。



救急搬送し検査をした結果、脳出血の診断を受けました。



私の実家は離島という事もあり、離島の病院では父の命を救う手術は難しいとの判断で、ドクターヘリにて本土の病院へ搬送されました。



搬送後緊急手術を受け、一命は取り留めました。しかし意識が回復する見込みはなく、今後ずっと経管栄養での栄養補給が欠かせない状態でした。



急性期を脱し状態も安定した為、私の希望で私の勤務している病院へ転院する事になりました。無事転院してきた父でしたが、経管栄養が原因で肺炎を繰り返すようになっていました。



肺炎を起こす頻度も徐々に増え、転院から1ヶ月を迎えた頃主治医に今後家族としての今後の要望を尋ねられました。そこで私と兄は経管栄養から、1日1本水分補給程度の点滴への変更と、リハビリの中止を決断しました。



転院から2ヶ月半程経った頃、点滴を行う事が難しくなり中止しました。そして8月6日の正午頃、徐々に呼吸状態が悪化し苦しむ様子もなく、眠るように息を引取りました。

やってよかったこと What are you glad you did?



入院生活を送る上で、本人の苦痛となっている事をリストアップし改善策を考えた事です。


私達の場合、3つの事に焦点を当てました。


拘縮予防の為のリハビリです。倒れた当初より主治医から今後意識が回復する事は難しいと説明を受けていました。そこで全介助でのベッドサイドに座る練習や、車椅子への移乗練習は必要なのだろうかと考えました。その後、リハビリの先生と相談し寝たままの状態で、筋緊張をほぐすマッサージのみへ変更しました。

歯科往診によるブラッシングです。父は元気だった頃から、なぜか歯磨きを好まない人でした。歯科往診でのブラッシングは少しの刺激でも歯茎からの出血が多く可哀想な状況でした。そこで、ブラッシングから濡らしたガーゼでの口腔清拭へと変更しました。

3つ目に、週2回の入浴です。先ほど同様元気だった頃からお風呂が好きではなく、湯船に浸かる事は殆どありませんでした。そこで週2回の入浴を週1回へと変更し、暖かい時期でもあった為湯船には浸からず洗身のみにして頂きました。

元気だった頃の本人の性格や生活習慣、そして現在の本人の身体状況を考慮したうえで「やってよかった」と思えた事です。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did

看取りに関して後悔している事は、父が元気だった時に、急変時や看取りに関してもっとしっかり本人の意思を聞いておけばよかったと思っています。


年齢問わず誰がいつ突然そういった状況になるかなどわかりません。もしもの事態を考慮して意思表示をしておく事で、旅立っていく本人も見送る家族も後悔のない選択ができると思うからです。


私の場合は、父が元気だった頃冗談混じりに言っていた事と、父の性格や人柄しか判断材料がありませんでした。


人間「生まれてくる時」と「死んでゆく時」は1度しかありません。だからこそ本人らしさを尊重し、限られた時間を後悔のないように過ごして欲しいと思っています。

もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this

これは私達だけに限られた話ではないのですが、コロナウイスの流行に伴い面会にかなりの制限があった事が今でも心残りです。父が倒れた当初は面会全面禁止でした。


亡くなる2ヶ月前くらいからようやく、親族に限り1日1名10分程度の面会が許されるようになりました。1日も早くコロナウイルスが収束し、看取りを行う全ての御家族の方々が思い残す事なく、看取りを行える環境になりますようにと強く願っています。


自分自身が父との最後の時間を有意義に過ごす事ができなかったぶん、今現在そしてこれから看取りを開始する方々には後悔のないような時間を過ごして欲しいです。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families

看取りを行うにあたって1番大切なのは、家族の心構えだと感じました。今まで仕事として看取りをする機会は数えきれない程ありました。しかし、今回自分自身が家族を看取る立場に立った時、やはり心揺らぐ瞬間が何度もありました。


その瞬間とは経管栄養を中止すると決めた時、そして少しずつ弱っていく本人を目の当たりにした時です。しかし、何度心が揺らいでも判断を変える事はありませんでした。


なぜならば、もし父に意見を問う事ができたら、父は何と答えるだろうか、父は1番何を望んでいるのかという事を最優先に考え決断をしたからです。


その人がその人らしく最期を迎えられるように、そして残される家族も心の整理をしながら日々を過ごしていく事がすごく大切だと思いました。


看取りに関して正しい判断などありません。だからこそ、家族として出した答えに自信を持ってください。そして旅立っていく本人の手を取り、目でみつめ寄り添ってあげてください。ただそれだけでも、家族として幸せな時間を過ごす事ができるのではないでしょうか。


どうか後悔のない看取りを行えますようにと、心から願っています。

旅立ったご本人へのメッセージ A message to the person who has departed

こんな私も今では年子3人娘の母になりました。育児の大変さに疲れ、心が折れそうになった時、幼い頃お父さんとよく一緒に眺めた空と海を見に行きます。するとお父さんの存在をすぐ近くに感じる事ができてモヤモヤした心がすーっと晴れていきます。


私にとってお父さんはかけがえのない大切な存在でした。男手ひとつで私と兄を立派に育ててくれて、本当にありがとう。あなたは父としても母としても自慢の親です。


これからはお空の上からのんびりと大好きなお酒を飲みながら私と私の家族、兄と兄の家族を見守っててください。


お父さんに会いたくなったら、また空と海を眺めに行きますね。