私の看取り体験談 ~ 看取った家族の物語り ~ Last Shirahama Trip and Sushi
Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
最後に呼んでくれた娘の名前

最後に呼んでくれた娘の名前

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
RURU さん (女性)
30歳 専業主婦(元介護福祉士) 宮城県在住
看取られた方
曾祖母
Great-grandmother
享年 96歳
主な疾患 認知症/糖尿病
闘病期間 0年 0ヶ月
最期を迎えた場所 自宅

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか

私の曾祖母は自宅で家族に囲まれながら、老衰にて逝去しました。認知症になり、ほとんどの家族の名前は忘れてしまいました。もちろん私の名前も、曾孫ということもです。


最後の1、2年くらいは寝たきり状態で、主に祖母が自宅で介護をしていました。叔母や、私は結婚していた為、家を出ておりましたが、週に何度も自宅へ戻り祖母の協力をしていました。


糖尿病も患っていたので、何度か入院したりしていましたが、看取りの際には、祖母の「家で見てあげたい」という強い希望で病院や施設ではなく、自宅で訪問看護等を利用し、その時を待ちました。


曾祖母がいつどうなってもおかしくないという時に、私は初めての出産をし、里帰りをしていましたなので、毎日一緒にいることが出来ました。


ほとんど話すことも出来ない曾祖母に、やしゃ孫となる娘を見せると、「○○」と小さい小さい声で、娘の名前を呼んでくれました。その時の優しい表情は今でも忘れません。鮮明に覚えています。


その後の朝方、娘と共に寝ていると、私の夢に初めて亡くなった祖父が出てきました。そして、何かを悟ったかのように娘が泣き始め私を起こしてくれたのです。


まさかと思い急いで曾祖母の部屋に行くと、呼吸が弱くなっており、訪問看護に連絡、家族全員を起こし、部屋に揃いました。みんなが揃うのを待っていたかのように、その後ゆっくりと眠るように亡くなりました。


ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he

曾祖母は、若い頃は自宅で下宿を営んでおり、とても料理の上手な人でした。少し気の強いところもありましたが、母の居ない私や兄弟たちを、父、祖母、祖父と一緒に育ててくれました。


私の「母の味」は、曾祖母の味です。


認知症になってからは、料理は作れませんでしたが、未だに「あぁ、食べたいなぁ、美味しかったなぁ」と思い出します。主婦になった今、再現しようとしますが、どう頑張っても同じ味には出来ない。それが「母の味」ですよね。


また、趣味でやっていた琴。小さい頃は隣に並んで教えられました。私の音楽好きは、曾祖母のおかげなのかもしれません。

病気はどんな経過を辿りましたか How did the disease progress

曾祖母は糖尿病も患っており、毎日朝晩とインスリン注射を打っていました。


認知症になり、自分で管理していたインスリンも行うことが出来ず、打ち間違いをしたり、打つのを忘れていたりしていました。認知症の初期の頃は、トイレが上手く出来なかったり、何度もご飯を食べたり、お金が無いと騒いだり。その頃まだ10代だった私は受け入れられない気持ちで、強く当たった事もあります。その後悔からか私は介護士の道へ進み、たくさん勉強しました。


そのうち、どんどん日常生活が自分の力だけでは行うことが出来なくなり、最期は寝たきり状態でしたが、享年96歳という大往生でした。

やってよかったこと What are you glad you did?

私は、1番にやって良かったと思うのは、在宅介護です。


もちろん私も高齢者施設に務め、毎日利用者様やその御家族を見ていたため、過酷で大変な事は知っています。簡単に出来ないことも知っています。


しかし、「最期は家族に見守られながら自宅で」というのは、誰もが願うことではないでしょうか。それが出来たのは何よりも祖母の曾祖母を思う気持ちや、たくさんの方々の手助けがあったからだと思います。


もちろん悲しい、寂しい気持ちはありますが、それよりも良かったね。幸せだったね。という気持ちがほとんどです。


自己満足かもしれませんが、私は曾祖母の看取り方というのは、出来るなら私もそうなりたいと思いました。


また、後悔があるとすれば、やはり若いころ家族が認知症という事をなかなか受け入れられず、突き放してしまった時期がある事です。もっと寄り添えば良かった、そうすればもっと色々な思い出が作れたのではないか。という後悔が残ります。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did

寝たきり状態になった頃、食べ物もトロミの付いたものや、ペースト状にしたものじゃないと食べられなくなりました。食べることが好きだった曾祖母なので、好きなものを食べさせてあげたい気持ちはありましたが、それよりとにかくも安全に食べられることを優先しました。


もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this

忙しい日々の中で、本人が嬉しいだろう、楽しいだろうと思う事があまり出来ず、それも後悔が残るところなので、介護サービスの中で、在宅介護をしている方にも、色々なアドバイスや企画などがあると、本人も介護者も救われる部分があるのかなと思います。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families

これから看取りをされる方へ。


後悔のないようにしてくださいと言いたいですが、誰にでも後悔は残ると思います。どんな看取り方々でも、あの時ああすればと思うことは出てくると思います。


しかし、最期に思いの全てを伝える事は出来ます。時間がかかっても、泣いてしまっても何でもいいので、伝えてあげてください。


それから、少し時間が経ち少し心に余裕をもてた時に、私は幸せに生きていますと報告できることが、1番家族が望むことだと思います。


少し綺麗事に聞こえてしまうかもしれませんが、私はそれが1番なのかなと思います。

旅立ったご本人へのメッセージ A message to the person who has departed

曾祖母へ。


気が強い同士でぶつかった時も多かったし、認知症になってからも受け入れられず強く当たったりして本当にごめんなさい。だけど、母のいない私にたくさん愛情をくれて本当にありがとう。


もう一度会えたら美味しいご飯をたくさん作ってほしいです。


娘たちを抱っこして、たくさんお話したいです。最期たくさん伝えたけど、こうしてみるとまだまだ伝えたい事はあります。


毎日幸せに生きてるからね。心配しないで、これからも私を、娘たちを見守っていてね。また報告するね。


天国でおじいちゃんと喧嘩しながら、仲良く笑ってることを祈ってます。