私の看取り体験談 ~ 看取った家族の物語り ~ Last Shirahama Trip and Sushi
Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
最期のチャーハン

最期のチャーハン

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
こむぎっちょ さん (女性)
36歳 保育士 三重県
看取られた方
mother
享年 54歳
主な疾患 多臓器不全/敗血症性ショック/DIC
闘病期間 0年 0ヶ月
最期を迎えた場所 病院

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか

私は、21才で社会人一年目。仕事が大変で、家でも毎日遅くまで仕事ばかりしていました。


ちょうど職場の研修が土日にあり、県の文化センターで一日勉強会をして、夕方家に帰ってくると、母は土曜日から胃腸風邪を引いてしまったようで、寝込んでおりました。


土曜日に研修に行く前に、「胃腸風邪だったら病院に行っておくんだよ!」と言って出掛け、帰ったら疲れて、母にチャーハンを作って、自分も食べて寝るのが精一杯でした。


日曜日の夜には嘔吐がひどく、夕ご飯を食べれない母。そんな母に、「もう!土曜日に病院行っときな!って言ったやん。」と言い残して寝ました。


月曜日の朝起きたら、さらにぐったりしていた母、病院に連れて行こうと、呼びかけても、「暑いーえらいー」と言って立てない母。


母子家庭で父のいない私は、母を持ち上げることもできず、私は救急車を呼びました。母はそのまま、近くの病院へ運ばれ、私は仕事を初めて休んで付き添いました。


近くの病院では原因がわからず、ブドウ糖の点滴をされたまま、「暑いー」とだけ喋る母。原因がわからず、正午頃救急車で大学病院へ。その救急車の中で、母は息ができなくなり、ピーという音が鳴りました。


大学病院へ着くと大勢の医師がかけつけ、母はNICUに入っていきました。


その3時間後、「今夜が山です。心臓も機械がないと動きません。まもなく息を引き取ります。」と告げられました。母は、救急車で運ばれたその日の夕方、私と叔母(母の姉)が見守る中、息をひきとりました。


ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he

母は、満たされず、幸せを感じられない人でした。3回離婚した母で、私は3人目の結婚相手の子どもでした。私の父とは私が一歳半の時に離婚しました。


水商売で体を壊したり、男の人と上手くいかず、精神的にも病みながら、アルコールとタバコにまみれていました。私が物心つくころには、働かず母子扶養手当と母の姉の給料を頼りに、母子で生活していました。


私の成長や将来のことを考えて、幸せを感じてくれたら良かったのですが、お酒やタバコばかりで働かない母で、私のお年玉やバイト代も使いはたし、思春期になるころには、口喧嘩が多い日常でした。


ただ、歌を歌うことが好きで、髪型化粧はキレイにしたい女性でした。

病気はどんな経過を辿りましたか How did the disease progress

土曜日に胃腸風邪をひいて自宅で寝込んでから、翌日の日曜日には嘔吐するようになり、月曜日にはさらにぐったりした状態だったので救急車を呼び、そのまま病院に運ばれその日の夕方に息を引き取りました。

やってよかったこと What are you glad you did?

私は、私のために何も金銭的なことをしてくれない母に中高生の時からずっと腹を立てていて、成人式の振袖も、ウエディングドレスも見せないぞ!とくらい思っていました。


でも、成人式の時、母を連れて一緒に着付けに行きました。とても喜んでくれたので、それが母との思い出です。


又、自分の仕事が大変な中、チャーハンを作ったことと、家で一緒に最期のご飯を食べられたことは良かったなと思います。


母を看取った時に、大学病院の先生に、2日前に、この病院に受診して入院していても、原因がわからず結果同じだったので、お家で最期までゆっくりできて良かったと思います。と言われました。


その言葉に救われ、きっと最期に良いことができたのだと思っています。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did

まさか、胃腸風邪をこじらせたくらいで、次の日に亡くなるなんて、思ってもいませんでした。


最期になるとわかっていたら、体調の悪い時くらい、もっと優しい言葉、思いやりのある言葉をかけてあげられれば良かったと思います。


又、3年後の私のウエディングドレス姿も見てもらい、母にはゆったりとした、仲の良い友達と好きなカラオケを楽しみながら過ごせる老後を迎えさせてあげられれば良かったと思っています。

もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this

亡くなるタイミングが早すぎて、ほとんど何もしてあげることができませんでしたので、もう少し亡くなる前に余裕が欲しかったです。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families

私は、こんなにも早く、母を看取ることになるとは、思ってもいませんでした。看取った時も、何が何だかわからない速さで亡くなりましたので、実感が湧くのにも、時間がかかりました。


亡くなる寸前にも、もっとその前にも、かけられる言葉はたくさんあったと思います。


話したいこともたくさんありました。心残りのないように、お時間が残されている方は、たくさんお話ししてください。思い残すことがないくらい話をして、大切に看取ってあげてください。

旅立ったご本人へのメッセージ A message to the person who has departed

私は、自分のことを大切にしてくれる人と結婚し、息子2人にも恵まれて幸せに暮らしています。


お母さんは幸せな人生だったでしょうか?お母さんを大切にしてくれる人に恵まれていたら、また違った人生だったかもしれませんね。


私を産んで、成長を見てきて、幸せを感じられましたか?高校生から、日々の自分の忙しさ、境遇から逃れられずなかなか貧しさから抜けられない辛さで、向き合ってゆっくり話すことができませんでした。


もっと自分を大切にして、娘のウエディング姿を見たり、孫を抱くこともできるくらい生きてくれたら良かったなぁと今では思っています。


ウエディングで言いたかったです。


産んでくれてありがとう!


私はお母さんの分まで幸せに生きていきます。