待っててくれた祖父との最期の時間
どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか
祖父が亡くなった日、わたしは仕事でした。肺炎があり、在宅酸素を入れていましたがそれ以外は変わりなく、元気に過ごしていました。
亡くなる6日前に脳梗塞になり、目をあけることも、口を動かすことも、話すことも出来なくなりました。訪問診療を入れていたため、主治医からは、「いつどうなってもおかしくない」と言われていました。
その日、仕事を終え、母からの連絡が入っていました。「今晩かもしれない」との事でした。急いで帰り家に着くと、家族全員、祖父の枕元にいました。
わたしも祖父の傍に行き、「帰ってきたよ!」と声をかけました。 下顎呼吸になっていたため、素人ながらにもう少しなんだな、と思ったのを覚えています。
家族でたくさん声をかけました。それに反応したかのように、開けられずにいた目を開け、家族ひとりひとりの顔を見るかのように目を動かし、動かすことの出来なかった口を動かし、口癖だった「どうもね」と一言。
その後静かに息を引き取りました。
ご本人はどんな方でしたか
What kind of person was he
祖父は口数の少ない人でした。でも孫想いで、すごく優しい祖父でした。
学校行事にはいつも来てくれて、自転車通学で、帰りが遅ければ必ず迎えに来てくれました。それから物づくりが好きで上手な人でした。庭に遊ぶブランコを作ってくれたり、竹とんぼや竹馬も作ってくれました。
飼っていた犬のために、小屋を作ったりと、本当に物づくりが上手で、今も実家には祖父が作った物がたくさんあります。
「おはよう」「おやすみ」「行ってらっしゃい」「おかえり」と毎日毎日、欠かさずに言ってくれました。そして友達や近所からも有名なくらい、笑顔の可愛い祖父でした。
病気はどんな経過を辿りましたか
How did the disease progress
亡くなる2年前に、呼吸苦があり救急車で病院に運ばれました。肺炎と言われ、酸素が必要となり、落ち着くまで入院と言われました。
元々大腸癌とも言われていましたが、幸い癌の方は進行がなく、疼痛などもありませんでした。ただ、数カ月もベッド上にいた祖父は筋肉も落ちてしまい、歩くことも大変になりました。
酸素はつけたままでしたが、呼吸苦の方は落ち着き、リハビリ目的で別の病院へ転院をしました。
でも、祖父にとってリハビリは大変で辛いものでした。歩いたり、物を作るのが好きだった祖父は思うようにいかない自分の身体にショックだったのだと思います。
それの後、祖父の強い希望から、自宅へ戻ることとなり、訪問診療、訪問看護師、ヘルパーさんや、訪問入浴などのケアサービスを取り入れ、約1年間の入院生活から解放され、自宅での介護になりました。
やってよかったこと
What are you glad you did?
家族としては正直、大変なことも多くありましたが、祖父の「家に帰りたい」という気持ちを尊重したことです。
介護は本当に大変でした。排泄の介助もそうでしたが、塩分控えめで、とろみのつけた食事など、慣れないことが多くて最初は大変でした。
でも、いつも帰れば祖父が家にいて、「おはよう」「おやすみ」「行ってらっしゃい」「おかえり」と言ってくれる、そんな日々が何より嬉しくて、祖父もいつも通りの可愛い笑顔で笑ってくれるようになりました。
だんだんと介護にも慣れ、ご飯も離乳食を作っているみたいで楽しくて、それを「美味しい」と食べてくれる祖父の姿が嬉しかったことをよく覚えています。
家族全員で、過ごすことが出来たこと、家族としてもそうですが、祖父も嬉しかったんじゃないかなと思います。
自宅へ帰ることに、戸惑いもあり、不安もありましたが、入院していれば、なにかあった時にという気持ちもありましたし、例えそれが寿命を短くしたとしても後悔したことはなく、一緒にいられて良かったと思っています。
もっとこうすればよかった
Things I'm glad I did
こちらは一切ありません。なにかあるとすれば、脳梗塞になり食事も取れなくなるとわかっていたら、祖父の好物をたくさん食べさせてあげたかったと思うくらいです。
ですが、家で過ごすことを選んだこと、看取りを決めたことには、なにも後悔はありません。
祖父は天国でどう思っているかはわかりませんが、家族としてはやり切ったと思う介護は出来ていたんじゃないかなと思います。
もっとこうだったらいいのに
I wish it was more like this
こちらも一切ありません。
この先 家族を看取る方へ伝えたい事
What I would like to convey to those who will be caring for their families
看取るのはそれなりの覚悟が必要かなと思います。急なこともあるかもしれませんが、大切な家族が亡くなるという、現実を受け止める覚悟がいるかと思います。
今、仕事で在宅医療の診療助手をしています。たくさんの患者様をお看取りしてきました。この仕事をしていると、すごくすごく、祖父を看取ったときのことを思い出します。
今大切な家族と一緒にいる方には、最後の最期まで、ご本人にたくさん声をかけてあげてほしいです。
どんな状態でも、少なからず声は聞こえていると思います。たくさん声をかけて、傍にいることを教えてあげてほしいです。
どんなことでもいいから、傍にいて、声をかけてあげてください。その方が安心できるのだと思います。それが、なによりも大切で、ご家族にとってもその方との最期の大切な時間になると思います。
旅立ったご本人へのメッセージ
A message to the person who has departed
わたしは祖父がお世話になった在宅医療のクリニックで仕事をしています。
祖父の看取りを通して、在宅医療と言うものを知り、こういった形の医療があること、最期の時間をお手伝いする仕事があることを知りました。
医療従事者ではないので、詳しい医療のことは分かりません。でも、看取ったことがある側としても、これからお看取りするご家族さんへ寄り添えるのではないかと思いました。
辛く大変なことが多い仕事ですが、やり甲斐を感じています。これも祖父のおかげだと思っています。感謝しています。
それから、孫として大切に可愛がってくれたこと、いつでも静かに、近くで見守ってくれていたことに感謝しています。
もう一度会えるなら会いたいです。声も聞きたいです。笑った顔をみたいです。いつでも優しかった祖父はわたしたち家族を見守ってくれていると信じています。
というより、いつまでも傍で見守っていてほしいです。祖父の孫に生まれて良かったです。




