寝たきりから4年半で癌を発症そして余命宣告
どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか
私の父は40代の頃から糖尿病を患っていましたが、父本人が医師なので家族があれこれ口出しはせずに本人の食べたい物を食事していた記憶があります。
70代を迎えた頃から飲酒後に足のふらつきが見られ3回目に倒れた時に脳梗塞になり、とうとう寝たきりになってしまいました。
母も慣れない看病が何年も続いたせいか病院に向かう途中に2度程軽い追突事故を起こしていました。
一番看病で大変だった点は大腸がんの手術の前後でした。手術前の先生との打ち合わせ、そして手術当日。さらには、手術後は自宅には戻らない予定としてこちらの都合で決めていたので、その点が心残りと言えば心残りのような気がします。
ただ、寝たきり患者の場合、入浴、食事、おむつなどの介助全部を母が一人で自宅で看ることは無理な話だと思います。
「一人で看病」については、私は反対です。看病する方が倒れてしまうと思います。
父は亡くなる一か月くらい前から食欲があまりなく病院で寝ている事も多くなっていました。それまでは餃子や天津飯など、食べたいものを沢山リクエストをしていました。
余命一週間と宣告され、夜中に病院へ駆けつけ、遠方に住んでいる妹にテレビ電話で父の表情を見せたり出来たことは、振り返ってみても良かったです。
最期の時は深夜だったこともあり、実弟夫婦が病院から電話があって父の病室に立ち合いました。眠るような旅立ちだったそうです。
数年寝たきりだったので足がなかなか真っすぐにならず曲がったまま、出棺になったのが心残りです。
亡くなってしばらくして病室ががらんとした時は、本当に長い期間父が闘病していたのに、何事もなかったように普通の病室に戻っていたと聞かされた時は、思わず号泣してしまいました。
ご本人はどんな方でしたか
What kind of person was he
家族思いでやや頑固なところもありますが、自分が決めた事は最後まで粘り強く取り組む性格。
私が幼少期の頃は喫煙している姿もありましたが、肺がんのリスクが大と世の中に浸透する前には既に自発的にタバコをやめていました。
休日になるとプールやアイススケート等、色々なアクティビティーに連れ出してくれるアウトドア志向で、映画鑑賞や読書が大好きなインドア志向の母とは対照的でした。
病気はどんな経過を辿りましたか
How did the disease progress
父の持病の糖尿病から来る脳梗塞はある日突然ではなく、幾度となく兆候はありました。
お酒の飲みすぎは良くないとわかっていても、飲みすぎて足元がおぼつかないシーンが時々ありました。
寝たきりになってしまうとリハビリを死に物狂いで頑張らないと元の状態に戻れなかったです。
スタッフの力量もさることながら本人の自助努力も必要です。父が寝たきりになった時に入っていた老健施設のスタッフにより、便に潜血があると連絡があり検査入院そして病院で手術を受けました。
手術の希望は本人と意思確認をしていましたが、 当日の朝は遠方から来ていた実妹に不安な胸の内を明かしていました。
大腸癌の後はストーマを装着。癌の手術より数か月で他界したので家族でストーマの装着に慣れた者はいなかったです。
やってよかったこと
What are you glad you did?
老健施設でのお祭りやイベントに参加したことです。父は子供っぽい行事はあまり関心のないタイプですが、子ども(孫)が遊びで太鼓を叩き、盆踊りに参加したことはいい思い出です。
やはり人と人が繋がるにはオンラインより直接会うことが望ましいなと思います。
それと、父か寝たきりになり入院中にやってよかった事は、両親の自動車運転免許を返納した事です。先程書かせて頂いたように、きっかけは母の追突事故でした。
両親はすぐに免許返納に関して同意してくれた訳ではありませんでしたが、もし今後本当に必要になったらまた申請しようという説得の上での返納でした。弟が手続きをすべてしてくれたので本人が行く必要はありませんでした。
また、入院中に役立ったグッズは義弟が購入してくれたラジオです。父はテレビ好きでしたが体勢を変えるのがしんどい時はラジオの情報が役立っていました。
もっとこうすればよかった
Things I'm glad I did
父は医師として充分働いてきたので気にする必要がないと私は思っていたのですが、入院中に本人が入院費、母の生活費を気にしていました。
「今まで一生懸命働いてきてくれて有難う」と労いの言葉をかけたり、「沢山の学費を出してくれて有難う」と入院中も感謝の言葉を伝えておけば良かったです。
ただ当時は私の子供がまだ小さかったこともあり、孫の顔をみせることは父にとってエネルギーになっていると感じました。暑い中ベビーカーを押して病院へ向かった甲斐があったなと思います。
病院の掲示板で「がん患者の家族が集まる会」のチラシを目にして関心はあったのですが、家族間で父の病室に行くので忙しすぎて集会に行く時間はありませんでした。
他の入院患者の傍で、エプロンをして看病していた方を数回見かけたのでヘルパーさんかお手伝いさんの方なのだったかと思われるのですが、一度お声をかけてみても良かったなと感じます。
家族だけでの看病は必ず限界が来ると思います。(現在母はヘルパーさんにお世話になっており、父の時もプロの力をお借りしたかったのが正直な気持ちです。)
もっとこうだったらいいのに
I wish it was more like this
父に関してはコロナ渦前のことだったので、自分が行ける日は病室へ行くことが出来ました。その分パートの仕事をしながらの看病は大変でした。
また、病室は退屈なのでテレビ電話が出来る等、もっとオンラインで気軽に繋がるシステム作りが必要かと思います。
日本は看病する担い手が必要な国になると予想されるので学生達の施設のボランティア活動の実施も必要と感じます。
私が高校生の時に老人施設でのボランティアで窓ふきを担当させて頂きスタッフの人にとても感謝して頂きました。掃除だけでなく音楽が得意な人は演奏を、そしてダンスが好きな人はスマホの前で踊るだけでなく、みんなの前で踊るのも有りなのかと思います。
この先 家族を看取る方へ伝えたい事
What I would like to convey to those who will be caring for their families
父の還暦と、古希の節目の誕生日に、家族が集まって祝った事が印象に残る出来事だったので、
コロナ渦での行動規制がなくなりつつある昨今は、遠方に住んでいる方はこまめに集まったら良いと思います。
万が一、余命宣告をされた時は、早朝、深夜問わずいつ呼び出しがかかってもいいように、出来るだけ近くの病院に入院がいいと思います。
看病は先の見えないトンネルに迷いこんだようだと言われますが、まさしくその通りで、先が見えないし「この生活がいつまで続くのだろうか」と不安になります。
看病する方が倒れてしまっては元も子もないので自分の時間も大切に確保されることをお勧めします。
また、実家を整理していた時に、母が入院費、施設利用料等を計算していた紙が見つかり、両親共に大病を患うと金銭的な心配がのしかかってくることを痛感いたしました。
日頃から差額ベッド代、高額医療費の件に関する記事を意識して目にしておいたらいざという時に慌てずにすむと感じました。
旅立ったご本人へのメッセージ
A message to the person who has departed
現在は一緒には住んでいませんが、要介護2の認知症のママの介護をしています。
パパが亡くなった事もたまに忘れているママですが平日は機嫌よくデイサービスに通っています。
帰宅すると「パパがいないと寂しい」「私いつまで生きるのだろう」と言っていてママは寂しくなる様子です。休日は出来るだけ顔を出したいと思います。
今春、孫(私にとっての姪)が努力の末に医学部に入学したのが一番のニュースです。れからも孫達がとあなたと同じように医師への道へ進む事が出来るよう天国より応援をお願いいたします。




