Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
私たちらしい看取り

私たちらしい看取り

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
まいこ さん (女性)
28歳 会社員 広島県
看取られた方
祖母
grandmother
享年 79歳
主な疾患 肝硬変
闘病期間 1年 0ヶ月
最期を迎えた場所 自宅

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか

祖母の病気が分かったときには、かなり悪い状態にあることには間違いありませんでした。どんな治療をしたとしても、先はそれほど長くはないことを十分に分かっているような状況でもありました。


本人の希望もあり、治療はせず、自宅において最期を待つというような日々になりました。


そのため、住環境や家族介護など、大きく変化をすることもなく祖母と接することができる様子であったため、家族としては「祖母の好きなようにさせてあげよう」ということで一致しました。


そういった背景があったため、食事に関しても好きなものは食べさせてあげるようにしていましたし、日常生活における身の回りのお世話も祖母の気持ちを尊重してあげるように意識をしていました。


遠くに出かけたいという気持ちは本人にもなかったため、基本的には自宅でゆっくり過ごし、家族のうち誰かが隣にいて穏やかに暮らす日々を半年ほど過ごしました。


祖母の身体の調子が落ち着いているときには、会話もできていたため、病気のことには触れず、ささいな普通の会話をたくさんするように意識しながら、できる限りみんなの笑顔が増えるように気を付けて関わり、最期も“普通”に迎えたいというように家族全員で考えていました。


できる限り、今までと変わらない家族の距離感や温度感で過ごし、こちらが悲しみに暮れているような素振りを見せることはなく接するように意識していたため、祖母も穏やかな表情やリラックスした姿を日々見せてくれていたような自宅介護の日々でした。


最期をただ待つだけのスタイルであったため、看取ったときもいたって普通でした。


祖母の様子から、訪問診療の際に医師から「もう今週いっぱいだろう」というふうに伝えていただいたので、家族としてもそれを冷静に受け止めて、「ありがとう」という言葉をナチュラルに出せるように共通認識し、最期の一週間ほどは「あのとき、こんなふうにしてくれて嬉しかったんだよね。ありがとう。」というように、沢山感謝を伝えられた最期でした。


なかなか家族を看取ることは楽なことではないですし、悲しい瞬間やストレスを感じる部分も当然ながらありましたが、それでも、本人の意思を尊重して迎える最期の手段であったため、大らかな気持ちで祖母と接することができていたのではないかと振り返ると今、思います。


本人も最後のほうは言葉もなかなかでてこない様子ではありましたが、「おはよう」や家族の名前は呼んでくれており、自宅で納得した看取りが本人も家族もできたのではないかと感じています。


ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he

仕事熱心な女性で、プライドも高い性格でした。昔にしては珍しいくらいに、若いころから仕事に生きるタイプだったようです。


ずっと営業の仕事をしており、今でいう“バリキャリ”でした。


女は家庭を守るものとされていた時代にも関わらず、歩合制の仕事をし、シングルマザーとして二人の子どもたちを大学卒業まで育て上げたほどでしたので、仕事をとても頑張ってきて収入もかなりあったのだろうと想像できるほどの仕事に生きる女性でした。


そのためか、老化と共に思うように身体が動かなくなってきたり、コミュニケーションをとることがスムーズではなくなってきたとしても、プライドはすごく高かったりして、自分でなんでもしたがるようなタイプでした。

病気はどんな経過を辿りましたか How did the disease progress

もともと病院が大の嫌いであったため、多少のことでは受診をしたことがない人でした。


薬も嫌うタイプで、昔からどこかが痛んだり、調子が悪かったりしても、痛み止めや風邪薬を飲むこともありませんでした。我慢してきたようです。


しかし、どう見ても我慢ができていない様子が家族には感じられるように次第に苦痛が増しているように伺え、本人もぐったりしている時間が多くなりました。それまでにも何度も「病院に行こう」と声は掛けてきましたが、「大丈夫」の一点張りでした。


家族で「この様子は普通じゃないからどうにか病院に連れて行かなくてはいけないね」と話していたそんな時、朝になっても目を覚まさず、意識を失っているように見えたため、救急車を呼んで病院に搬送していただきました。


そこで、肝硬変や胃がんが見つかり、手術や入院治療を進められましたが、一切本人は受け入れず、「私は病気じゃない」と言い張り、治療を受け入れませんでした。


唯一、自宅において訪問診療での点滴療法は受け入れてくれましたが、当然回復することはなく、本人にも余命宣告をしたうえで、家族全員で最期を待つのみという形になりました。そのため、一年ほどで最期を迎えました。

やってよかったこと What are you glad you did?

本人が病院や薬を嫌うタイプであったため、その意向を尊重してあげられたことは良かったことだと思っています。


治療をしたとしても、余命が数年のびるかどうかという程度にしか回復しない病状であったため、本人が口癖のように「病院に行きたくない」とか「薬ばかり嫌だ」とかいうようなことを言わず、家族もそのたびにストレスを感じることもなく接することができたので、本人の望んでいないことを強制しなかったことは、最期まで本人の人格を尊重できたのではないかと家族としてはみんな納得しているところです。


また、プライドの高い女性であったため、日常生活においてもある程度は本人任せにしていたところが多く、本人は嬉しそうにしていました。


病気で弱っているうえに、人の手をなんでも借りないといけないということが自分自身で情けなく感じていたようであったため、食べこぼしがあったり、お手洗いで失敗してしまったりしても、何も責めたりせず、本人にあまり伝わらないようにサッとフォローに入ったことで、気持ちの面でストレスを与えることは少なくなっていたのではないかと思っています。


尊重するスタイルを貫くことができて、良かったです。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did

やはり、もっと早くに病院に連れていくことができていたら結果は変わっていたのではないかと思います。


いくら病院嫌いであったとしても、健康でなければ楽しい人生は送れないはずです。ましてや、若いころから仕事に生きてきたのでストレスも多かったでしょうし、子どもが手を離れてからはもっと労わってあげていたら良かったなという面では後悔もあります。


どれだけ嫌がっても、年に一度は健康診断に連れて行ったり、必要な治療があればその時にしっかり向き合ったりしていれば、あのように強い痛みを感じたり、コミュニケーションが取りづらくならずに、老衰という形で最期を迎えられたのかもしれません。


しかし、本人が嫌がることを家族が強制することはやはり難しい部分が多いのではないかと今でも思っています。


バランスが難しいものではありますが、やはり自分の家族のことを想って、苦しい部分も乗り越えていかなくてはならないときもあるなと、今回の看取りを経験して痛感しています。


プライドの高い人だからこそ、身近な家族にしかできないこともあると思うので、いかに気をかけることができるか、労いの気持ちを込めて家族と接することができるかどうかで、その人の生き方や最後の迎え方は変えていけるのではないでしょうか。

もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this

私たち家族の場合、家族がそれぞれ遠方に住んでいる状況であったため、様子を見に行くために新幹線に乗ったり、高速を使って帰省したりすることが非常に多く、交通費がかなりかかりました。


若いころは、それぞれが年に二回ほど帰省する程度で済んでいましたが、介護となると格段と回数が増えるため、治療費だけでなく、それぞれの生活費に加えて移動費や宿泊費などもかさんでいきました。


幸い、長くはないと分かっていたため、協力して乗り切ることができましたが、居住先が遠方であることをもっと考慮して、将来のための貯金をしておくだとか、国としても助成金などがあると嬉しいなと思いました。


お金があれば、本人にももっと大らかな気持ちで接してあげることができていたのかもしれません。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families

看取りとなると、精神的ストレスが非常に大きくなってくると思います。


また、その人との関係性が非常に重要であるため、実の親か義理の親かというように関係性が変わってくるだけでも介護への介入度や義務感も異なり、コミュニケーションをとるだけでもストレスがある場合も少なくはないため、今後に看取りを予定されている方々は心がお疲れの方も多いのではないかと思います。


また、「もっとこうしてあげられたらいいのに」とか、「なんで私がこんなことを...」など、胸の内も人それぞれではないでしょうか。


それぞれの状況において感じることも異なるとは思いますが、必ず共通して言えることは、良くも悪くもいつか終わるということです。辛い場面に遭遇することが多い介護や看護ではありますが、経験して無駄なことは一切ないと思います。


私自身も、20代で祖母の看取りをし、周りの同年代の知人や友人はまだ介護を経験していないのに、どうして私は自分の時間を削られなきゃいけないのだろうとネガティブなことを考えてしまうときもありました。


しかし、実際に経験した介護だったからこそ、介護をすることの大変さも理解できましたし、日常生活を送っていても、「私は将来、自分の子どもに迷惑をあまりかけないように健康には何よりも気を付けよう」だとか「遠方に住むならば、将来的な経済面での負担も想定してシミュレーションしよう」というふうに、より一層自分自身の生き方に現実味をもって捉えることができるようになりました。


辛い経験は必ず活きるときがくると思いますし、ずっと続くわけではないため、時には休息時間を設けながら、自分の時間を大切にしながら、看取りを迎えていただきたいと思います。


そして今、とても熱心に献身的にケアをされている方々には、とくにご自身の時間を設けていただきたいです。


看取った後に、喪失感に駆られて今以上に辛くなってしまわれると、きっと、故人も本望ではないと思われます。


少しでも、今のご経験をご自身の人生にプラスに生かせるように、何か仕事や趣味に繋げられるように考えて、今を見られても良いかもしれません。自分の人生ありきの家族介護です。目の前のことにとらわれ過ぎずに、自分自身の人生も大切にされて下さいね。

旅立ったご本人へのメッセージ A message to the person who has departed

遠方に住んでいたことで、さみしい思いをさせてしまったときもあるかもしれないね。


正直に向き合ってきたからこそ、きつい言葉をかけてしまったり、目を合わせられないときもあったり、失礼なことをしてしまったと思っています。そこについては、ごめんなさい。


でも、若い時におばあちゃんの介護ができたことで、新しい発見もたくさんありました。これからの自分の人生にしっかり活かしていきます。


そして、同じ女性として、仕事に生きる姿は今でも尊敬をしています。周囲と自分を比べすぎたり、悲観的に捉えたりするのではなく、自分自身を人生の主人公として認識して、ちゃんと自分の足で自立して生きていきます。


おばあちゃん、ありがとうね。