私の看取り体験談 ~ 看取った家族の物語り ~ Last Shirahama Trip and Sushi
Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
強くてかっこいいパパ

強くてかっこいいパパ

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
しょう君ママ さん (女性)
30歳 看護師 宮城県
看取られた方
父
father
享年 49歳
主な疾患 脳出血
闘病期間 0年 0ヶ月
最期を迎えた場所 病院

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか

看護学校1年生の終わり、授業中に突然先生から「地元の病院から電話が来ているので職員室に来るように」と呼び出しされました。


 

突然のことでなんのことだが分からず電話にでると、地元の市立病院のDrからでした。


 

「お父さんが急に仕事中に倒れて、病院に運ばれました。お母さんたちも今一緒にいますが、少しびっくりしているので代わりに電話しています。すぐにこちらに来られますか?」と言われました。


 

それでも全く状況が分からなくて、とにかく急いで仙台から新幹線に飛び乗りました。


 

父は警察官でとても強く丈夫な人でした。そのためどこか冷静な自分がいて、きっと仕事でケガでもして運ばれたんだろう。そんなに大変ではないはずと思っていました。


 

地元の駅に着くと、父の職場の同僚が迎えに来てくれました。「こうなってしまった以上、家族力を合わせて頑張るんだよ。」と言われ、何をそんな深刻なことを言っているんだ?と思いました。病院に着くと救急外来の入り口にすでに親戚が数名いました。


 

中に案内されると、人工呼吸器をつけて寝ている父がいました。その周りには母や姉がいて泣いていました。さっぱり状況が分からず、「なに?どういうこと?意味わかんない」とずっと言っていたと思います。


 

周りのスタッフから、仕事中に脳出血して倒れた、救急車では間に合わないのでドクターカーで駆け付け、すぐに手術をしようとしたが出血が進んで脳幹を圧迫してしまい、手術ができなくなってしまった。いま出来ることはなにもない。というようなことを言われた気がします。


 

1年生ながらに医療の知識は多少あったので、要は死んでしまうということがすぐわかりました。それからは、家族親戚全員で奇跡を信じてずっとそばにいました。代わりばんこで手をにぎり、看護師さんと一緒に髭剃りや洗髪などをしました。


 

ビールが好きな父だったので、ビールを湿らせたガーゼで口を拭いてあげたり、個室の部屋で家族水入らずでたくさん話しかけたりしました。


 

日中は沢山の親戚や仕事の方たちが面会に来て、みんな泣いていました。そんな姿をみてもどこか信じられない自分がいて、もうすぐ起きるのになんでみんな泣いているのかなと思う自分がいました。


 

亡くなる数時間前、手を握って「こんなに手繋いでるのほんと久々だよね」と話しかけると、ギュッと握り返してきました。絶対戻ってくる、そう確信した瞬間でした。倒れてから丸三日すぎ、朝仮眠室にいると家族に呼ばれました。血圧が急に下がってきた、危ないかもしれないと。


 

病室に行くと、あらゆる機械のアラームが鳴りもう手を握り返してくれることはありませんでした。そのまま家族が見守るなかで亡くなりました。


 

ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he

寡黙でとても筋が通った人でした。体を鍛えていたのでたくましい体つきだったし、病気なんて無縁で本当に強い人でした。


 

「かっこいいパパだよね」と小さい時から言われていてどこか誇らしいところがありました。


 

厳しいところもあり、怒ると怖いですが三姉妹だったため、男一人で肩身の狭い思いもしていたのかなと思います。

病気はどんな経過を辿りましたか How did the disease progress

倒れてしまってからは、若くて心臓が丈夫だったこともあり、3日間頑張ることができたようです。本当に奇跡を信じて戻ってくると家族みんな信じていました。


 

出血部位が脳幹であったため、なかなか手術も難しく手の施しようがなかったと、あとから聞かされました。

やってよかったこと What are you glad you did?

少し気恥ずかしいところもありましたが、看護師さんと一緒に洗髪や髭剃りなどのケアに入れたことはとてもいい思い出です。看護師さんたちが積極的に声をかけて誘ってくれました。


 

また、個室の部屋も準備して下さり、最後の時間は家族で過ごすことができとても感謝しています。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did

倒れる数日前に父からメッセージが届きましたが、バイトなどで忙しく返信をしませんでした。


 

そのことはずっと後悔していて、もっとたくさん話をしておけばよかった、きちんと向き合えばよかったと思っています。

もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this

もっと生きていてほしかった、看護師になる所を見てほしかった、結婚するのを送り出してほしかった、孫を抱いてほしかった、考えればきりがないほど思い浮かびます。


 

ふとした時やライフステージの変化がある度にそう思っては亡くなって10年たつ今も涙が止まらなくなることがあります。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families

看取りを控えている方に関わらず、すべての方に伝えたいのは、いつ誰がどこで倒れてしまうか、いつ亡くなってしまうか分からないということです。


 

それがもしかしたら自分かもしれない、ということです。


 

常にそれを念頭において、後悔のない日々を送ってほしいです。


 

父が亡くなってからしばらくは、看護学校の授業を受けることも辛く、思い出してしまう場面も多々あり、突然過呼吸になってしまうこともありました。


 

周りの友達のサポートもあり、無事看護師となることが出来ましたが、臨床にでてからも父と重ねては涙がでてしまう場面もあり、看護師歴約10年にしてようやくそういったことも落ちついてきました。


 

自分がそういう経験をしてきたからこそ、患者さんの家族にはたくさん話しかけてもらったり、出来るケアを積極的に一緒に取り組んだり、と自分の看護にも生かされていると思っています。


 

亡くなるまでそばにいられる時間があるのであれば、可能な限りそばにいてあげてください。いつかきっとその日々が自分の中で忘れられない日々になります。