私の看取り体験談 ~ 看取った家族の物語り ~ Last Shirahama Trip and Sushi
Stories of each family
家族が語る「それぞれの最期」
祖母の孫で幸せでした

祖母の孫で幸せでした

Last Shirahama Trip and Sushi
看取った方
看取り体験者 (女性)
逢坂+えり さん (女性)
35歳 派遣 北海道札幌市
看取られた方
祖母
grandmother
享年 86歳
主な疾患 高血圧
闘病期間 9年 8ヶ月
最期を迎えた場所 地元の総合病院

どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか

私が最後に祖母を看取った時は、電話口でした。夜に姉妹で昔のドラマを見ていたら、母親から電話が入ったのです。ドラマを停止させて、私は電話に出ました。


「もう、おばあちゃんは居ねぇんだ‥‥」今、思い返したら胸がぎゅっとつかまれたみたいで痛かったです。


私たち姉妹は実家から離れている時間が長いこともあり、おじいちゃんの時より実感がまったくありませんでした。


おばあちゃんがいない、亡くなったんだ―‥‥‥。頭では言葉の意味の理解ができていても、心はそれを受け入れられなかったのです。


しかしそれとは裏腹に、脳内では「礼服準備しないとな」「髪を整えるために美容室か」「ってか地元にどうやって帰ろうかな」と必死にそればかりが浮かんでいました。


それから私たちは明日の準備に備えて寝ようと決め、私は自分の布団で寝始めて、お姉ちゃんは寝る前にシャワーに入ると言い、自分の部屋とリビングと別れたのです。


当初私は布団の中でおばあちゃんとの思い出がふわりふわりと浮かんで苦しくて涙がダラダラと。聴いたところによると姉は、そのシャワーの流水の音にかぶせて私にバレないように涙を流していた状況でした。


互いに少しだけ実感がわき始めて、翌朝。二人で美容室に行ったり、会社に電話して休むことにしたりと手続きをしていました。そして先に帰っていたお兄ちゃんが迎えに来てくれて、きょうだい三人で地元に帰ったのです。


実家に着いたのはだいたい夜中の2時くらいです。駐車場で兄の車から降りると、懐かしい玄関先の石の階段が照らされていました。鈴虫の鳴き声と磯の香がしっかりしていて、ゆっくり歩いていたのを覚えています。


玄関に着くと、お母さんが待っていてくれました。か細い声で「待ってらで」と言ってくれて、リビングに行くとおばあちゃんが棺桶にいたのです。


迎えに来てくれた兄は、同じリビングにあるソファで、帽子で顔を隠して寝ていて、私とお姉ちゃんはひたすら泣いていました。


亡くなった前年辺りに、おばあちゃんが入院先の病院から電話をくれて、先長くないと言っていたのです。


なのでその時も帰る支度はしていたのですが、正直なところ金欠で帰ることが出来なかったのです。それを激しく後悔しました。なんであの時に無理してでも帰らなかったか。


おばあちゃんから直接「先は短いから会いたい」と言われていたのに、、、と後悔の嵐でした。泣き崩れてしまった私とお姉ちゃんは、取り返しがつかないことをしてしまった心情でした。


こうして私たちはおばあちゃんをしっかりと確認して、認めざるを得なかったのでした。


ご本人はどんな方でしたか What kind of person was he

おばあちゃんは優しいと厳しいが一緒にある人。直接おばあちゃんから教えてもらったことは、大人になってからとても大切なことばかり。かなりきつく育てられた姉は、今になってそれがどれだけ必要なのかを、直々に教えてもらっていたそうです。


私の時のおばあちゃんは、病気がちでいつもニコニコして、一緒にブレイクタイムしたり、一緒に買い物に行ったり温泉行ったり、友達感覚でした。これは末っ子だからですかね(笑)


とにかく、すごくおおらかな人でした。少々頑固でもありましたが、私たちきょうだいはそれが良かったりもしてますね。


それと植物や動物が大好きでしたね。かなり昔にお姉ちゃんが送った胡蝶蘭は、ドストライクだったみたいで毎年咲かせていたんです。


胡蝶蘭は室内温度ですぐさま枯れたりしてしまうほどで、育てるのはめちゃくちゃ難しい花でしたが、毎年毎年、キレイに咲かせるんです。


キレイなおばあちゃんでしたね。

病気はどんな経過を辿りましたか How did the disease progress

ともと高血圧で不整脈と、心臓が弱いところから始まったのです。


温泉や自宅での入浴で、長すぎるところがありました。そのおかげで数回血圧が上がりすぎで倒れることが多かったです。その後入院生活が始まり、高血圧改善に努めていました。


また、恥骨や膝、腰なども老人なのでぼろぼろでした。


それからはずっと入院生活で、終えてしまったのです。

やってよかったこと What are you glad you did?

おばあちゃんは世間体をかなり気にするタイプで、おじいちゃんが入院していた時の田舎の総合病院で働いていたお姉ちゃんを、すごくすごく喜んでいたんです。自慢だ、と漏らしていたことをハッキリと覚えております。


また、一緒にお花見や、砂糖しかいれないコーヒーを一緒に飲んでる時間を、共有できてよかったと思っています。


あとは学校からの表彰でもらった盾なども大切にして喜んでくれたので、勉強をして良かったです。

もっとこうすればよかった Things I'm glad I did

もっと実家に帰って、おばあちゃんと過ごす時間を作りたかった。


それだけ。それだけが心残りです。

もっとこうだったらいいのに I wish it was more like this

私たちは実家の田舎に就職先がなく、仕方なく札幌等に進出していました。


もっと、もっと、そばで働けていれば何か違ったのかな。


最後まで一緒にいれたのかな。と悔いです。

この先 家族を看取る方へ伝えたい事 What I would like to convey to those who will be caring for their families

離れて暮らしている人については、できるだけ無理しない程度に、病気などをしているしていないに関係なく、そばに会いに行ってください。


その時には【愛情表現】をしてあげてください。それがなにより一番です。


そして大切な家族だ、大好きだよ、と何度でも口で言ってあげてください。


もちろん、抱きしめてあげることとして、肌と肌の触れ合いも大事です。


言葉ではうわべだけのことが言えますが、抱きしめた時、その時の心情はしかりと相手に伝わります。

旅立ったご本人へのメッセージ A message to the person who has departed

病気のおかげでできなかったことをしてください。


いつも誰かにお小遣いをあげていたので、今度はみんなからお小遣いもらって自由に使ってください。


足腰も悪かったから、好きな場所に行ってください。


病気であまり好きなものを食べたりできなかったから、好きなものを好きなだけ食べてください。これがなにより一番なのです。


また家族になりたいです。