[香西かおりさん]後悔しないための決断

故郷に拠点 母のそば
歌手の香西かおりさん(49)は、6年前に生活の拠点を東京から郷里の大阪に移し、施設に入った認知症の母、久子さん(79)を家族で見守っています。
何でも話し合える地域の人たちにも支えられながら、「母たちと過ごす時間を大切にしたい」と話します。
負担増す家族
母の様子がおかしい、とはっきり感じたのは10年くらい前。当時住んでいた東京の家に大阪から両親が遊びにきて、一緒にCDで私の歌を聴いていた時です。母が「上手やねえ。誰が歌てるの」と言ったんです。
母は私の歌をずっと応援してくれていました。その歌声がわからない。一瞬、言葉に詰まりましたが「上手やろ。私が歌てるんよ」と答えると「あ、そうなん」と。
少し前から、得意な裁縫をあまりしなくなったり、料理が手抜きになったり。「年のせいかな」と思っていましたが、徐々に認知症が始まっていたのかもしれません。
大阪市内の実家では、久子さんと父の一成さん(79)、兄夫婦が暮らしていた。その後、香西さんが東京での生活を続ける間に久子さんの認知症は悪化。近所を徘徊するようになり、2004年、高齢者施設に入所することになった。
父から「お母ちゃん、施設でお世話になることになったよ」と聞いて、母の症状の悪化を初めて知りました。母は、家族が寝静まった後や明け方に外へ出ていく。兄夫婦は仕事を持っているし、そのたびに母を捜す家族の負担は増すばかり。何より、本人が事故にでも遭ったら大変です。「何とか家族だけで、と思ったんやけど……」。父の言葉ですべてを理解しました。
同時に、私にできることを考えました。歌手を目指して22歳で上京して以来、実家に帰るのは年に1、2度。母がこうなった今、家族としてどうあることが自然なのか。父や兄夫婦の負担も軽くしたい。「帰ろう」と決めました。
家族のためというより、私自身が後悔したくなかったんです。離れて暮らしていて、急に容体の変化などを知らされるんじゃなくて、今がどういう状況なのか自分の目で確認し、納得もしたい。そうやって、母の近くで、家族と過ごすことを選びました。
香西さんは実家の近くに土地を見つけて家を建て、06年から父と一緒に暮らし始めた。兄夫婦は実家を守り、みんなが近くに住む。
施設へは車で7、8分ほど。父は毎日通って、母にお昼ご飯を食べさせています。大事な役割があるからか、とても元気です。
一度、父に「お正月だけでも家に連れて帰ってあげれば」と提案したことがありますが、しませんでした。家に帰ってきた母を、また施設に送っていくのがつらいんだと思います。だから、その分、雨が降っても台風が来ても、お正月でも欠かさず会いにいく。そういう父の気持ちを尊重しています。
地方公演などがない時は、父と交代で施設に行き、母のそばにいます。大腿骨を骨折してからは寝たきりになり、言葉数も少なくなりました。多分、私のことも娘だとわかっていないと思う。でも、「暑いね」「ご飯食べた?」とできるだけたくさん話しかけるようにしています。すると母の表情が和らぎます。
好きだったカボチャをミキサーにかけて持っていったり、お風呂に入るのを手伝ったり。爪などの体の細かなところはよく見て汚れていないか確認して、伸びていたら切ります。枕元で、音楽をかけることもあります。
つながり強く
チームプレーのような感じで、家族一人ひとりが、できることを無理なくやっています。夜は、父や兄夫婦と一緒にご飯を食べることが多いんです。ストレスをためないよう言いたいこと言って、笑って。この年になって家族で過ごすようになるなんて。母が認知症になったからこそ、こうやって再びみんなが寄り添い、よりつながりが強くなったような気がします。
生まれ育った街は大阪の下町風情が残り、地域の結びつきが深い。近隣の人との会話の中で、介護が話題に上ることも多いという。
私が約20年ぶりに戻った時も「お帰り」と迎えてくれました。母のことなんて、私より知ってくれている。小声で様子をうかがうのではなく、「最近、お母ちゃんどないなん」と聞いてくれる。こういうのは関西ならではなのかな。気持ちの距離感が近いんです。
飲み仲間もいますが、世代的に親たちの介護の悩みを抱えている人が多い。私が母のことを話すうちに、それぞれの家庭のことを話し始めるようになりました。一人で深刻になって行き詰まるより、いろんな人と会話してつながりを深めていけば、気持ちも少し楽になります。
認知症になるのは特別なことじゃないし、隠すことでもない。お母ちゃんは、どんな風になってもお母ちゃんなんで。これからも家族や地域の人に支えてもらいながら、自然体で介護に向き合っていきたいです。「ちょっと聞いて」と言い合いながらね。(聞き手・古岡三枝子)
◇こうざい・かおり 1963年、大阪市生まれ。88年に歌手デビュー。93年には「無言坂」で日本レコード大賞を受賞した。今年5月、デビュー25周年記念シングル「酒のやど」を発売。10月12~24日には中日劇場(名古屋市)で「山川豊&香西かおり特別公演」を開く。
◎取材を終えて 最新の厚生労働省の推計によると、国内の認知症高齢者は300万人を超えた。今や身近な病気なのだが、まだ偏見や誤解は多い。香西さんは「年をとれば誰でも病気になる。認知症もその一つ」と強調する。比較的冷静にありのままの母親を受け入れられたのは、認知症への理解と家族の強い結びつきがあったからだろう。家族が認知症になったらどう対応すればいいのか、自分のこととして考えさせられた。
*2012年9月16日


