[小池真理子さん]支えになれればいい

両親ありのまま受け入れ
作家の小池真理子さん(60)は、パーキンソン病で長く苦しんだ父清泰さんを2009年に85歳で亡くし、現在は、入院中の認知症の母増子さん(90)に寄り添います。老い衰えていく親をありのままに受け入れてきた、といいます。
父の異変に気づいたのは、1997年頃にもらった手紙からでした。宛名の文字が震え、上から下へどんどん小さくなっていたのです。病院に行くことを勧めました。診断はパーキンソン病。進行すると寝たきりになるかもしれない、と。父も理解しました。
言葉出ない不幸
パーキンソン病は動作が緩慢になり、手の震えや歩行障害などが起きる難病。小池さんは長野県軽井沢町で生活しており、両親が暮らす横浜市の実家の近くには、妹夫婦が住んでいた。
次第に手の震えがひどくなり、しゃべることもできなくなりました。話そうとすると口やのどが震え、吃音になる。歩行もおぼつかなくなり、トイレに間に合わない。介護していた母が音を上げました。
何を言おうとしているのかわからない人を相手にしていると、病気とわかっていてもイライラしてしまう、愛情の問題ではなくてね。私も何度もキレかかりました。くたくたに疲れて、頭痛薬をのんで。
それぞれに生活がある。母も老いている。妹と相談し、心を鬼にして父に聞きました。「施設に入ろうか?」。父は会社員時代、転勤が多く、50歳近くでやっとマイホームを手に入れた。苦渋の選択だったと思いますが、格好付け屋でスタイリッシュな人。答えは「イエス」でした。
2004年に有料老人ホームに入りました。当初はワープロで私に手紙を書き、職員さんにお願いしてファクスで送ってくれました。でも、そのうちキーボードも手が震えて打てなくなった。
何とかコミュニケーションを、と私は「あいうえお」と平仮名を並べた文字表を手作りしました。父は1文字指すのもやっとで、何が言いたいのか、すぐにはわからず、「会話」は難航しました。読書家で、私が作家になったことを誰よりも喜んでくれ、趣味で短歌も詠んでいた。あふれる思いがあるのに、言葉にできない。彼にとって一番の不幸だったと思います。
裁縫依頼に笑顔
この頃、今度は増子さんに認知症の症状が出始めた。一人暮らしが難しくなり、08年に清泰さんと同じホームに入った。入所前の5か月間、小池さんは実家で増子さんと暮らした。
久しぶりに実家に行くと、浴槽の残り湯はよどみ、シーツはあかだらけ。天井裏にはコウモリが住んでいました。
認知症とわかり、最初は動揺しました。でも、母の変化はすぐに受け入れることができた。鍋の空だきとか危ないことには腹が立ちましたが、どんなに変なことをしても、私にはやっぱり母。いとおしく思いました。
母は裁縫好きで、昔はよく繕いものをしてくれました。たまたま服に小さな穴を見つけた時、これが最後かもしれないと、「ママ、穴あいちゃったから、縫ってくれない?」と頼んでみました。母はすごくうれしそうな顔をして、裁縫箱を出してきました。
仕上がりは予想通り、ひどいもんでした。でも、いくつになっても親として頼られたかったんでしょうね。その服は捨てられなくて、今も大切に着ています。
私はこれまで自分勝手に生きてきました。若い頃から本当の自由は依存関係の中にはない、と考え、家族から遠ざかっていたところがある。
そのため両親が要介護状態になった時、世話ができるのか、すごく不安でした。でも愛情を持って接していると、自分をさらけ出して衰えていく姿をすんなり受け入れられた。介護はこうしなければいけない、と理想を作って苦しまないようにもしました。老いる側は自然にある道をたどっている。その支えになれればいいんだと。
父の意外な一面
清泰さんは09年3月、脳梗塞で亡くなった。入所していたホームの部屋からは、手紙の下書きや備忘録、手帳などの遺品に交じり、性具やアダルトビデオが見つかった。この出来事をきっかけに、清泰さんをモデルにした小説「沈黙のひと」(文芸春秋)を昨年、書き上げた。
妹と泣きながら遺品整理をしていたら、段ボール箱いっぱいに出てきて大爆笑。帝大出身で文学好き、気取って生きてきた父とは全く結びつかなかったので、おかしくておかしくて。ホームの仲間に調達してもらったようです。
歩けない、書けない、話せない。車椅子で背中を丸め、床を見つめて過ごすしかなかった父にも、楽しみがあったことが何よりうれしかった。そして、書き残された膨大な言葉に胸打たれました。
母は認知症が進んだうえ、一昨年、閉塞性動脈硬化症のために壊死した左足を切断しました。私が娘であることもわからないけれど、声をかけ、手をさすります。ありのままを受け入れることが、私自身の血となり、肉になると思っています。(聞き手・古岡三枝子)
◇こいけ・まりこ 1952年、東京都生まれ。96年に「恋」で直木賞、2006年「虹の彼方」で柴田錬三郎賞。恋愛小説や心理サスペンスなど幅広い分野で活躍する。今年、「沈黙のひと」で吉川英治文学賞を受賞した。夫は直木賞作家の藤田宜永さん。
◎取材を終えて 小池さんは両親の介護を続けながらも、「自分の人生を生きている」ことを忘れないように心掛けてきたという。介護のために疲れ果て、自分の時間や自分の人生をないがしろにすることを美徳だとは思わない。「だから、書き続けることができ、親も喜んでくれていると思います」と言い切る笑顔が印象的だった。自分を大切にしてほしい。熱心さのあまり心身のゆとりをなくしがちな介護者へのエールに聞こえた。
*2013年8月18日


