人生の最後にグループホームを選んでくれた入居者さん




どんな看取りだったかお聞かせ頂けないでしょうか
長野さん(仮名)は約45年間、1人で時計店を営んでいました。
一人暮らしをしていた頃は近所の人がよくお茶飲みに来ていたとのことで、おしゃべりが好きで人付き合いの上手な方でした。私が入社したばかりのときに、仕事のやり方を優しく教えてくださったのが印象的です。
お客様を相手にする仕事だったので身だしなみを気にされ、朝起きるとまず眉毛を描くのが日課でした。
でも認知症で描いたことを忘れてしまうため何度も描いてとても太くて濃い眉毛になっていたのがお茶目で可愛かったです(笑)そして「眉毛が落ちるから嫌だ」と顔を濡らしたがらず、なかなかシャワーをしてくれないのでお風呂が大変でした。
シャワーは嫌いでしたが、会話をしながらなんとか入浴を終えると「サッパリした」とまた鏡を見ながら髪型を整えて身だしなみを整えていました。
前掛けをいつもしていて家事を手伝ってくださいました。職員がお米を研ごうとすると「やろうかー?」と自らお手伝いしてくださり、野菜を切ったり味付けなどほとんどなんでもこなしてくださいました。
私みたいな若者が人生の大先輩には到底敵うことなく、いつも助けられていました。社交的で誰とでも仲良くなり、いつも笑顔でお話しされていました。
ある時、ご家族との面会中にご家族に呼ばれ、「何かを口から出した」との報告がありました。
ティッシュに包まれた少量の「ソレ」は、黒っぽく小さな餡子のような塊でした。長野さんはコーヒーを飲んだだけで気分は悪くないとのこと、体調面は異常なさそうな様子。私にはその場で判断がつかないため預かることにしました。
後から上司に報告するとどうやらそれは「血の塊」だったようです。吐血を見たことがなくイメージはサラサラの血液だったために気付かず、匂いで私も納得しました。
念のため病院で検査をしてもらうことに。結果は末期の胃がんとのことでした。
しかし穏やかだった長野さんの態度が一変、病院での治療は断固として反対。今すぐグループホーム(GH)に連れて帰れと激怒し、状態もその時は目立った不調もなかったため一旦GHに帰り、家族と職員でも話し合うことになりました。
娘さんは、長野さんの意思を尊重して入院治療はせずに最期までGHで過ごさせてあげたいと。職員も同じ意見で、すぐにGHでの対応を考えました。
初めは何事もなく他の入居者の方と同じ生活を送っていましたが次第に体力の低下、病気の進行も見られ吐血を繰り返して貧血で倒れたり、感染予防のために居室で過ごす時間が多くなりました。
みなさんと同じメニューは食べられませんでしたが、少しでも食べたいものを口から摂取していただきたい、食事の楽しさを味わってもらいたいと思い、長野さんの希望するメニューを作り職員も一緒に居室で食べたりしていました。友達が多い長野さんを心配した入居者が長野さんの調子のいい時に1〜2人で居室まで遊びに行き、談笑することもありました。
お話し好きの長野さんはすごく嬉しそうにしていました。病気の進行は止められることもなく、ついに食事を摂ることも起き上がることもできなくなり寝たきりになってしまいました。
だいぶ苦しさもあった様子でせん妄状態が見受けられ、意味不明なことを言うことも増えました。苦しさには波がある様子で声かけに反応することもありました。
こまめに様子を見に行っていたのですが私が様子を見に行って5分も経たない間に他の職員が見に行くと、大量に吐血しており息をしていませんでした。
ちょうどご家族が面会に来たタイミングでしたが血まみれの姿を見せるわけにはいかなかったので、ある程度の清拭と看護師さんと一緒に軽く死化粧をしてご家族と対面を果たしました。
ご家族は最期の瞬間には立ち会えなかったけど、本人が希望するGHで過ごせたことをすごく感謝してくださり私たち職員もこれでよかったんだなと感じることができました。
ご本人はどんな方でしたか
What kind of person was he
病気はどんな経過を辿りましたか
How did the disease progress
やってよかったこと
What are you glad you did?
もっとこうすればよかった
Things I'm glad I did
もっとこうだったらいいのに
I wish it was more like this
この先 家族を看取る方へ伝えたい事
What I would like to convey to those who will be caring for their families
旅立ったご本人へのメッセージ
A message to the person who has departed
